再就職先が経営破綻。「お先真っ暗」
また、転職し「お客様」の対応ということ自体がカルチャーショックでした。それまで刑事だった人間が、むちゃくちゃな理屈で理不尽な要求を並べ立てる相手にも、あくまで丁寧な姿勢で、根気強く対応するというのは、当時の私にとっては、苦行以外の何物でもなかったのです。
「いらっしゃいませ」「少々お待ち下さい」――毎日の朝礼で唱和する接客用語にも慣れるまでずいぶん苦労しました。
60歳で転職していたら「今さら接客用語なんかできない」「後輩に見られたら恥ずかしい」などと考えて、警察官のプライドにこだわり、頑なになっていたことでしょう。
しかも、家族を養わなければなりません。40歳と言えばあと20年は働く計算になります。家族を養うためにも、恥ずかしがってなどいられませんでした。まだまだヤル気も体力もありました。スーパーマーケットという異文化に順応する柔軟性と刑事時代に経験した困難な局面での踏ん張りが、私の唯一の財産でした。
こうして、悪質クレームの処理を通じて対応力を身につけて行きました。酔っ払った男性の自宅を訪問し、罵声と唾のしぶきを浴びながらノウハウをためて行ったのです。冷や汗をかきながら実際に現場でいろいろなことを考え、工夫しながら対処することしか方法はありませんでした。
今思えば、こうした体験の中で身を持って、小売における対処方法を築いていけたのは幸いだったと思っていますが、当時は疫病神に取りつかれていとしか思えませんでした。
更に艱難辛苦は続きます。何と、転職して5年目の年に再就職していた大手スーパーマーケットが経営破綻したのです。もう、「お先真っ暗」です。先の見えない不安感で、心の中の闇も深まり溢れだしそうになりました。(援川聡)