「植田ショック」がまた起こるのだろうか。2023年9月21日・22日に日本銀行の金融政策決定会合が開かれる。
9月9日付の読売新聞の植田和男日銀総裁インタビューで、マイナス金利解除の思惑が高まっている。金融政策は現状維持との見方が大勢だが、サプライズを警戒する市場関係者が少なくない。
「9月会合で動く」「いや、9月はないが、年内の可能性も」「まだまだ、2025年までかかる」......エコノミストの分析を読み解くと――。さすがに難しそうだ。
読売新聞インタビューが、サプライズの不気味な予兆の気が...
9月金融政策決定会合で、再びサプライズが起こるかもしれない、と予想するのは、第一生命経済研究所の主席エコノミスト藤代宏一氏だ。
藤代氏はリポート「経済の舞台裏:日銀は9月に少しだけ動くかもしれない」(9月15日付)のなかで、その理由をこう説明する。
「(9月21日・22日の)日銀金融政策決定会合は金融政策の現状維持が決定される見込み。ただし、声明文のフォワードガイダンス(将来の金融政策方針)が変更されたり、総裁会見の内容が従来対比でハト派色が薄れたりする可能性には注意が必要。
不気味さを禁じ得ないのは、7月のYCC(イールドカーブ・コントロール)柔軟化決定の前に、内田真一副総裁が単独インタビューを通じて、ややタカ派なシグナルを送っていたことがある。今回も同じく金融政策決定会合の約2週間前に植田和男総裁が単独インタビューを通じて『年内』にマイナス金利撤回の素地が整う可能性に言及した」
つまり、「無風」と思われていた金融政策決定会合の直前に、日銀首脳がインタビューでサプライズ発言を行ない、実際に会合でサプライズが起こった前例があるからだ。
「金融政策決定会合前の単独インタビューは、サプライズの予兆である気がして仕方ならない。神田真人財務官が語気を強めて為替市場を牽制しているのをよそに、日銀が円安を誘発するような政策態度(金融緩和の継続)を示すかは微妙になってきた」
では、具体的にはどんな修正があるかもしれないと予想するのか。
「フォワードガイダンスは『引き続き企業等の資金繰りと金融市場の安定維持に努めるとともに、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる』という緩和方向に傾いた文言が踏襲されている。これを、たとえば『必要があれば、上下双方向のリスクに対応していく』などへと書き換えることで引き締め方向への政策転換を示唆することができる」
藤代氏は、こう結んでいる。
「総裁会見もいくぶんタカ派含みになるのではないか。
先の読売新聞インタビューにおいて、(利上げ時期について)来春の賃上げ動向を含めて『年末までに十分な情報やデータがそろう可能性はゼロではない』としたことに関しても、追加の質問が多く寄せられるだろう。
総裁は来年の春闘を見極める必要があるとの回答に終始するだろうが、構造的な人手不足と堅調な企業業績が見込まれている状況、賃金に関して強気な見解を示す可能性はある」
委員の過半数確保、植田氏が本気になれば「年内利上げできる」?
また、植田氏の「年内利上げ」発言は本気ではなく、円安対策のポジション・トークだが、結果的に利上げは早まるだろうと指摘するのは、第一生命経済研究所の首席エコノミスト熊野英生氏だ。
熊野氏はリポート「年末利上げは本気なのか? 円安対策としてマイナス金利解除に言及」(9月15日付)のなかで、円安に加速したドル円レートの推移のグラフ【図表】を示しながらこう説明する。
「植田総裁は、本気で年末利上げを考えている訳ではないとみられる。むしろ、利上げの可能性というショッキングな発言を武器にして、ドル円レートが1ドル150円に近づいていく勢いに冷水を浴びせることが狙いとみた」
しかし、「口先介入」が本気の値上げに変わる可能性はゼロではない。なぜならば――。
「仮に、(市場に)年内利上げが早すぎたとわかると、今後、年末が近づくに従って、円安が進むことになる。これは、早すぎる利上げが遠のくことで、かえって円安への反動が生まれるということだ。そうなると日銀としてはまずい。
植田総裁は年末が近づくにつれて、現在よりも利上げの可能性が強まっていなければいけなくなる。たとえ、12月末ではなくても、2024年1~4月くらいにはマイナス金利解除がありそうだとなれば、反動としての円安は進みにくくなる」
「筆者(=熊野氏)の予想は、次の春闘を待って、2024年4月末がXデー、利上げというものだ。年末ではなく、いずれにしても利上げが近いということでなければ、ポジション・トークは混乱を起こすだけになる。そうはしたくないので、利上げの可能性が年末にかけて強まるように考えての発言なのだろう」
もう1つ、熊野氏が日本銀行の利上げが早まると予想する理由は、日本銀行の9人の政策審議委員の「勢力図」だ。8月末から9月初めにかけて、4人の審議委員が講演をしたが、4人のうち2人が「2%目標の達成」に前向きだった。
熊野氏は、こう指摘する。
「執行部(総裁+副総裁2人)は3人だから、植田総裁が本気になれば9人中の5人がマイナス金利解除に賛成して、年内の目標達成が可能になる。単に、植田総裁がインタビューで示唆しただけではなく、9人のうち執行部3人+2人の委員が賛成すれば、政策が動かせるという現実味を感じさせたことが、マーケットの心理を動かした」
本気になれば、年内利上げはできるというわけだ。
利上げに至る3つのシナリオ、最も現実的なのは来年後半以降か
一方、日本銀行にとって決定的に重要なのは来年の春闘であり、その前の政策修正は考えにくい、と指摘するのは野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。
リポートの「日本銀行の利上げに至る3つのシナリオ」(9月19日付)のなかで、「2%の物価安定目標の達成が見通せるようになるかどうかという観点から、日本銀行が最も注目しているのは来年の春闘で、本格的な政策変更は、最短で春闘後の来年4月の決定会合と考えられる」という見方を示す。
そして、日本銀行が利上げに至るには、次の3つのシナリオがあるという。
(1)来年の春闘での高めの賃上げ率(ベアでプラス3%~4%)を受けて、2%の物価目標達成が見通せるようになったと日本銀行が本音で判断し、それを宣言する。その後に、政策修正を急速に進める。 ただし、その可能性はかなり低い。春闘前の物価上昇率が今年1月はプラス4.2%だったが、来年1月にはプラス2%を割り込む予想だからだ。物価上昇率が今年の半分以下になれば、ベアが大きく加速する可能性は低い。
(2)日本銀行がなんとか現在の金融緩和を見直したいと考えているのであれば、本当に2%の物価目標を達成できると本音で思わなくても、「達成が見通せた」と宣言して、政策修正に踏み切る。この第2のシナリオは、第1のシナリオより可能性が高い。
日本銀行のコア消費者物価指数(CPI)の見通しは、2年連続でプラス2%を大きく上回る。来年の春闘賃上げが、今年の水準を下回っても、2024年度の物価見通しをこの先プラス2%超にまで引き上げれば、3年連続で物価上昇率はプラス2%を上回る。これらの「成果」を持って、最短では来年4月の決定会合でマイナス金利政策解除に踏み切るというシナリオだ。
しかし、「2%の物価目標達成が見通せた」と宣言すれば、金融市場は、短期金利が2%以上の水準まで引き上げられるとの観測を強め、10年国債利回りは3%ほどまで跳ね上がる。これは、金融市場に大きな混乱をもたらす。日本銀行の本格政策修正は拙速であり、失敗だったとの強い批判を受けることになる。
そこで、最も可能性が高い第3のシナリオが登場する。
(3)金融緩和は長期化するとし、長期戦に備えて金融緩和の枠組みを見直す方針を示す。副作用の軽減が狙いとしつつ、実際には、緩やかながらも本格的な政策修正に乗り出す。第2のシナリオのように、急激な利回り上昇が生じることもなく、日本銀行が想定するペースと順番で、政策の見直しを順次、緩やかに進める。
木内氏はこう結んでいる。
「マイナス金利政策解除を実施するのは、最短で来年(2024年)後半になるのではないか。さらに、内外景気情勢の悪化や米国での金融緩和が日本銀行の政策修正を後ずれさせる可能性が考えられる。それらの動向次第では、2025年まで後ずれする可能性もあるだろう」
日本経済にとって、相当の長旅になりそうだ。(福田和郎)