もう20年近く前のこと。新規事業を任されたものの、3か月近く売上ゼロが続いて、とことん追い込まれてしまったことがありました。心折れそうな中でもがきながら、やるべきことを洗い出して頑張った結果、ようやくの思いで計上できた初売上ン十万円のうれしさたるや。
その時得た喜びは何物にも代えがたく、一生の宝物となる経験ができたと思います。
その後、何人もの経営者の人たちと一緒に仕事する機会がありましたが、みなさん、数々の修羅場をくぐってきた猛者たち。起業の夢を抱いてン千万円、ン億円という借金を背負ったり、バブル崩壊やリーマンショックなどの逆境を乗り越えたり。
私の経験など足元にも及ばない凄い人たちが、世の中にはたくさんいるのだと思い知りました。
きちんとガバナンスが利いている会社では、意思決定機関で議論、検討されているものです。
コロナ禍もまた、会社経営に大変な修羅場をもたらしました。
百戦錬磨の経営者の方々も、それぞれに大変な思いをしたはずです。ところが、コロナ禍の脅威がピークを過ぎ、経済活動が元へと戻ろうとしていく中で、ちょこちょこ飛び込んでくるようになったニュースがあります。
雇用調整助成金の不正受給です。
たとえば、実際には働いてたはずの社員にタイムカードを押さないよう指示し、働いていなかったかのように見せかけて助成金を申請する――こういった手口などが報じられています。なかには、ン千万円とかン億円も詐取していたケースもあるとか。
そんなニュースを目にした時、大変な思いをしてようやく計上できたン十万円の売上の記憶が頭をよぎりました。世の経営者の方々は、それを遥かに上回る修羅場を乗り越えながら事業を作り上げてきたはずです。
ひょっとすると、不正だと気づかずにウッカリと受給申請してしまい、後から不正行為に当たるとわかったケースもあるかもしれませんが、それはそれで脇が甘いということになるのだと思います。
なぜなら、きちんとガバナンスが利いている会社では、経営会議などの意思決定機関で議論を行い、法律のグレーゾーンに対するスタンスや対処法などもしっかりと検討されています。会社の命運をも左右しかねないテーマですから、当然のことです。
会議に出席する役員などの幹部たちの間で議論を交わすうちに、法の目をかいくぐるための意見が出されたとしても、「それは不正行為だからダメ」という結論になるのであれば、自浄作用が正常に働いていると言えます。さらに、「不正をして会社を汚す気か!」と社長が一喝するようであれば、その後も会社は健全に運営されていきそうです。
ラクして儲けようとする「悪知恵」が次々と...逆境乗り越えてきた経験が台無しではないですか?
しかしなかには、会社のトップ自ら「法律を上手いこと潜り抜ける方法はないか」と幹部たちに問うような組織もあります。そのような会社では、不正行為であったとしても、バレずに利益をもたらしてくれるならば、それは「知恵」なのだと、自分たちに都合よく変換してしまいそうです。
ン千万、ン億円の助成金不正受給も、そんな悪知恵を働かせて生み出した「打ち出の小槌」くらいに思っているのかもしれません。苦労して獲得したン十万円の売上を積み重ねるよりも、悪知恵を働かせて助成金を不正にせしめ、一度に大きな金額を手にする方が圧倒的にラクですから。
厚生労働省によると、そんな雇用調整助成金の不正はわかっているだけで135億円に上るのだそうです。また、雇用調整助成金に限らず、電機メーカーや自動車関連会社などで起きた不正検査、東京オリンピック・パラリンピックを巡る汚職など、ラクして儲けようとする「悪知恵」がことごとく会社を蝕んでしまっている事例が、このところ次々に発覚しています。
でも、それらの悪知恵とやらで、数々の修羅場を乗り越えてきた経験を無駄にしてしまうなんて、むなしくないですか?
いつの間にか悪知恵を身につけてしまった経営者たちは、テストでカンニングして100点取った子どもに、「おお、うまいことやったな!すごいぞ!」なんて褒めたりするのでしょうか?
報じられているコメントなどを見ると、なかには、助成金を詐取しておきながら、サラっと部下に責任をなすりつけている経営者もいるようです。
そんなトップダウンができるなんて、相当ガバナンスが利いているじゃないですか。きっと日ごろから部下の言動には目を光らせていたはずですし、不正と気づかずウッカリ受給申請したなんてヘマ、するはずないと思うのですけど。
(川上敬太郎)