先生が心にゆとりをもって働けるように! 業務量多い保育士の「働く環境」、どう変えたのか?/社会福祉法人風の森「Picoナーサリ保育園」野上美希さん、野上巌さん

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   保育士の働き方改革を実施し、国の配置基準の2倍以上の保育士の確保に成功している保育施設がある。それが、東京都杉並区のPicoナーサリ保育園だ。2021年には、こうした保育士の働き方改革が高く評価され、東京都女性活躍推進大賞【医療・福祉分野】を受賞した。

   働く保育士はほぼ女性という保育の現場で取り組んできた改革や、業務の効率化などについて、現在、夫婦二人三脚で経営に携わる社会福祉法人風の森 統括の野上美希(のがみ・みき)さんと、事務長の野上巌(のがみ・いわお)さんに話を聞いた。

  • 左から、風の森 統括の野上美希さん、事務長の野上巌さん
    左から、風の森 統括の野上美希さん、事務長の野上巌さん
  • 左から、風の森 統括の野上美希さん、事務長の野上巌さん

従来の「手書きの文化」から脱却...連絡はアプリで

――保育士が不足する中で、Picoナーサリ保育園では、国の基準の2倍以上の人員確保ができているそうですね。

野上美希さん「国が定める保育士の配置基準(下記参照)は、子どもの安全がなんとか守られるというレベルのもので、保育士が残業したり、仕事を持ち帰ったり、休憩を十分に取らないことで成り立つ配置基準だと言われています。私たちは、先生たちが心にゆとりをもって保育をするためには、どのくらいの配置を目指すべきなのか、という点を見極めながら、徐々に人員を増やしてきました。そして今、国の基準の2倍以上を配置することができ、これにともない、さまざまな働き方改革が実現できるようになりました」
【国が定める保育士の配置基準】
●0歳児:子ども3人に対し保育士1人
●1~2歳児:子ども6人に対し保育士1人
●3歳児:子ども20人に対し保育士1人
●4歳児以上:子ども30人に対し保育士1人

――どのような働き方改革を進めてきたのでしょうか。

美希さん「まず、当園では保育士の残業や持ち帰り仕事というのは、いっさいありません。また、休憩も、60分、子どもと離れた環境でとることができます」
野上巌さん「1時間の休憩時間をしっかりと確保することはとても大切だと思っています。たとえば、月に20日出勤して1日1時間の休憩だとすると、休憩をとれなければ月に20時間も余計に働いていることになりますから。ほかにも、勤務時間内での研修の実施や、有給休暇のとりやすさなどにも取り組んできました」

――現在の(国の基準の2倍という)配置で、理想的な働き方が実現できるということですね。

巌さん「私たちの考え方の原点としては、保育士がきちんと休憩を取って、週40時間勤務にする。つまり、完全週休2日にして残業なく働けることが、女性が多く働く職場として大事だと考えています。数年かけて取り組んできて、この働き方を実現するためには、今の人員数が必要だ、というところで落ち着きました。
資格を持っていても働いていない保育士――いわゆる、潜在保育士の有資格者の割合は、3分の2にものぼります。保育士も『自分の子どもを持ちたい』『子どもが生まれても働き続けたい』と思っていますが、従来の働き方では『自分の子どもを育てられるような環境ではない』と言って続けられなくなってしまいます」

――保育士の確保に課題をもつ幼稚園・保育園は多いということですね。そんな中で、人員確保に成功しているPicoナーサリ保育園では、どのように採用と向き合ってきたのでしょうか。

美希さん「保育士が不足する中で、待機児童問題でたくさんの保育園ができたという経緯があり、多くの園では最低基準を満たす人員を採用するだけで手いっぱいの状態です。働き方改革以前に、運営できるかどうかという問題を抱えているのです。
私たちは、比較的早い段階から、働き方を常に改善し続けてきて、それを発信することで『より働きやすい環境で働きたい』という保育士に来てもらうことができています。短期的な取り組みではなく、創業当初から常に職場環境をよくしていく、という点を考えてきたことが、採用がうまくいっている要因だと思っています」

――業務の効率化を図るために、アプリなどのICT(情報通信技術を活用したコミュニケーション)も積極的に活用してきたとか。

美希さん「保育園は従来、手書きの文化でした。たとえば、年間のカリキュラムや園児の個別記録などの書類も、以前は手書きで作成していました。私たちは、2016年頃からアプリを導入して、こういった書類をPCやタブレットで記入できるようにしました。保護者との連絡をする際の連絡帳も、担任の先生がアプリを使って、その日の活動を写真付きで発信して、保護者に携帯で見ていただけるようにしています」
巌さん「とくに、朝や夕方の時間に保護者との連絡をアプリでできるようになったことで、先生たちの負担が大幅に軽減されました。その分、子どもたちの対応に集中できて、質の高い保育につながっていると思います。私たち自身は、数年前までIT業界で仕事をしていたこともあり、ICTの活用に全く抵抗はなかったのですが、当時、ICTを活用している法人はほとんどなかったと思います。ICTの活用事例を紹介しても、導入に後ろ向きな法人も多くありました。もっとも、コロナ禍を経て、今では多くの法人で導入されるようになりました」

働き方改革のメリット...離職率の低下&保育の「質」に好影響

―― 一方で、保育士から「働き続けたい」と思ってもらえるように、ブランド力の向上に取り組んでいるそうですね。

美希さん「(Picoナーサリ保育園と連携する)久我山幼稚園や保育園にあこがれて来てくれる先生を増やして、来てくれた先生にいかに誇りをもって働いてもらうか、という点で取り組みをしています。たとえば、テレビの取材やラジオの出演などの広報活動に、現場の先生たちに出てもらったりしています。園をPRするとなると、自ずとよいところを探しますから、それが、自分が働く園のよさを再認識することにもつながると思うんです」
巌さん「それと、保育園の先生が着ている制服は、デザイナーと先生たちが話し合いながら一緒にデザインしたものです。自分たちが関わった制服を着ると愛着がわくと思うんですよね。先生たちが主体的に組織を良くしていこうという気持ちがもてるように、現場主導の組織作りを重視しています」

――そうした取り組みを経て、保育士の働き方や意識は変わりましたか。

巌さん「はい。離職率は低下して育休復帰率も2年連続で100%になり、長く働ける環境だと思っていただけていると思います。現在、女性の保育士の割合が96%と、圧倒的に女性が多い職場です。女性が多いからこそ、育休から復帰してずっと時短で働くという先生ばかりになると園の運営も立ちいかないので、ご家庭の状況なども聞いてお互いカバーしながら働く意識が大切だと思っています」

――今後、さらに取り組んでいきたいことはなんですか。

巌さん「保育士の働き方改革を進めることで、保育の質にとてもよい影響があるということを私たちの園の経験から実感しています。働き方改革を進める園が増えることによって、潜在保育士が戻りたいと思ってもらえるような業界になっていく。そしてそれが、保育士不足の解消につながるという好循環が生まれるよう、業界や自治体への働きかけでは、私たちの事例などを伝えていきたいと思っています」
美希さん「保育士という仕事は、日本の未来を創る仕事だと思います。AIの発達によって、なくなっていく職業が増えるとも言われていますが、保育士はAIには代わることができません。子どもたちが『自分が自分であっていい』といった自己肯定感が最も育まれるのが乳幼児期と言われていますので、その乳幼児期に関わる先生たちの質は、何にも代えがたいものです。そこは業界だけでなく、自治体や国全体で取り組んでいくべきだと思いますし、私たちも自分たちのノウハウを伝えるなど、できることをしていきたいと思います」

(聞き手:戸川明美)



【プロフィール】
野上 美希(のがみ・みき)

社会福祉法人風の森 統括/学校法人野上学園 主事

東北大学工学部卒。シンクタンク、人材企業を経て、2009年、第一子の妊娠を機に夫の実家が経営する久我山幼稚園の経営に参画。以降、子育てひろば、杉並区内に認可保育園の開園(6園)や学童の立ち上げに携わる。2児の母。

野上 巌(のがみ・いわお)
社会福祉法人風の森/学校法人野上学園 事務長

明治大学理工学部卒。新卒入社から外資系IT企業にて通信事業者や大手金融機関向けの法人営業の部門を中心に約18年間を過ごす。2017年に家業である幼稚園、保育園、学童の事業に加わり新規園の開園や人材育成計画の策定、ICT活用の推進などを行う。

水野 矩美加(みずの・くみか)
水野 矩美加(みずの・くみか)
アパレル、コンサルタント会社を経てキャリアデザインをはじめとする人材教育に携わる。多くの研修を行う中で働き方、外見演出、話し方などの自己表現方法がコミュニケーションに与える影響に関心を持ち探求。2017年から、ライター活動もスタート。個人のキャリア、女性活躍、ダイバーシティに関わる内容をテーマに扱っている。
戸川 明美(とがわ・あけみ)
戸川 明美(とがわ・あけみ)
10数年の金融機関OLの経験を経て、2015年からフリーライター、翻訳業をスタート。企業への取材&ライティングを多く行う中で、女性活躍やダイバーシティの推進、働き方の取り組みに興味をもつ。
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