週末の夕食を終え、一家団らんでくつろいでいたら、一本の電話が鳴りました。こんな時間に何だろうと訝しく思いつつ電話に出てみると、
「お忙しい時間帯に恐れ入ります。不動産情報の案内でご連絡いたしました」
と、ややテンション高めで、とても丁寧な口調の勧誘電話でした。
日曜日の夜8時。電話をかけてきた人も、本当は自宅で大河ドラマでも観てくつろぎたい時間のはず......。「お仕事ご苦労様です」という感情もなきにしもあらずですが、それより週末最後の「くつろぎタイム」を遮られた不快さのほうが上回り、耳寄りだったはずの不動産情報は、耳に入ることなく右から左へと流れ去っていきました。
在宅率の高い「お昼時」「くつろぎタイム」にガンガン営業
こんなこともありました。ある平日のお昼時。自宅でインスタントラーメンを食べていたら玄関のチャイムが鳴るのでインターホン越しに要件を聞いてみると、
「お忙しい時間帯に恐れ入ります。ご挨拶させていただきたくうかがいました」
と、とても丁寧で落ち着いた口調の人が玄関口にたたずんでいます。引っ越してきたばかりのご近所さんかと思い、表に出てみると、
「いま、こちらの商品のご案内で回らせていただいておりまして」
と、テレビCMやスーパーでもよく見かける乳製品を定期購入して欲しいという訪問販売でした。この時も商品説明が耳に入ることはなく、熱いうちにすすりたかったインスタントラーメンが、どんどんのびていく悲しさと悔しさだけが募りました。
営業活動において、お客との接点をできるだけ多く作ろうと努力する気持ちはわかります。「お昼時」や夕食後の「くつろぎタイム」など、お客が家にいる確率が高そうな時間帯を狙うのも、会社が考えた戦術のひとつなのでしょう。
しかし、その結果
「いやー、いいタイミングで来てくれました。欲しかったんですよ、コレ。ラーメンなんかのびてもかまわないので、ぜひとも説明を聞かせてください!」
なんて展開になることは、まずないでしょう。
それより、たいていの場合、
「お昼時に割り込んでくるとはナニゴトよ(怒) そんな商品いらないし、せっかくのラーメンがのびてしまったじゃないか!」
と、なるのがオチです。
「お昼時」や「くつろぎタイム」を狙って営業活動すれば、お客との接点は増えるかもしれませんが、そのたびに、
「当社は、お客様の都合を考えずにガンガン営業しまくる非常識な会社です!」
と、自ら「悪評」を宣伝して回っているようなものです。
もし会社としては、「一件でも受注につながるのならそれで良い」と考えたとしても、そんな活動をやらされる社員の気持ちはどうなのでしょうか?
さらに、わざわざ社員に「悪評」を宣伝させておきながら、一方でテレビCMなどにお金をかけて「好感度」を高めようとするなんて、やってることが完全に矛盾してませんか?
会社としては、一件でも受注につながるならそれで良いと考えているのかもしれませんが、その一方でそんな活動に心から取り組みたいと思っている社員なんているのでしょうか。
街頭で見知らぬ人と名刺交換させる会社
そんなことを考えていたら、ふと東奔西走していたサラリーマン時代に遭遇した光景を思い出しました。仕事中、都内の駅前を歩いていたところ、突然目の前に現れたのは、微笑みをたたえた20代前半とおぼしき女性。
「よろしかったら、名刺交換していただけませんでしょうか?」
理由を尋ねると新入社員とのことで、
「会社の研修で、お会いした方のお名刺を頂だいしております!」
と明るく笑顔で答えてくれました。
確かに、見ず知らずの人に名刺交換を頼むというのは、度胸をつける訓練になりそうです。また中には自身が新人だったころを思い出して、「大変だね」などと声をかけながら名刺を渡してくれる優しい先輩社会人もいるのかもしれません。
そんな度胸試しと引き換えに獲得した接点が、新たな取引につながるようなことになれば、会社にとっては営業活動にもなって一石二鳥です。
しかし、忙しいなか見ず知らずの会社の「社員研修」に巻き込まれて時間を費やし、名刺まで要求される側は迷惑です。周りを見ると、他にもあちこちで名刺交換をお願いして回る人の姿が......。「当社はこんな研修を社員に課しているブラック企業なんです!」と、明るい笑顔で自社の「悪評」を次々に宣伝しているように見えて、とても不気味でした。
そんなことを思い出しながらスーパーで買い物をしていたら、目に入ってきたのはいつぞや「お昼時」に訪問販売を受けた乳製品。見た瞬間によみがえったのは、その時の不快な感情と伸びてしまったラーメンの悲しい記憶。
「よし、あの時のラーメン、今度こそのびる前にアツアツのまんま食べきろう」
そう思い立つと、乳製品の前を素通りして、インスタントラーメンを一袋買って帰りました。
(川上敬太郎)