セブン&アイ・ホールディングス(HD)は、国内コンビニエンスストアのセブン‐イレブン・ジャパン、スーパーストア事業のイトーヨーカ堂、百貨店事業のそごう・西武などを傘下に持つ流通大手で、それらの純粋持株会社。グループ全体で、約14万人の従業員が働く。
ダイバーシティの推進に積極的で、女性が活躍できる企業としても知られている。グループ全体としての女性活躍推進の取り組みとその進め方について、ダイバーシティ推進プロジェクトの発足時から担当するセブン&アイグループダイバーシティ&インクルージョン推進プロジェクトリーダーで、セブン-イレブン・ジャパン取締役常務執行役員 人事本部長の藤本圭子さんに聞いた。
女性活躍推進の「目的」を明確化した
――女性活躍、ダイバーシティの推進に取り組まれてから、目標としていた女性管理職比率を、短期間でクリアしています。どのように進められてきたのか、そのきっかけを教えてください。
藤本圭子さん「私たちは小売りと言われる業態ですが、『ダイバーシティ推進』という言葉が広く知られる前から女性の登用を積極的に進めてきた会社です。1993年には、すでに小売業では珍しく女性の取締役が誕生していましたし、女性の店長もいました。ただ、そこから何年か役員などが増えませんでした。
2006年当時のCEO(最高経営責任者)、会長だった鈴木敏文が社内外に向けて、『これからは女性を積極的に登用していく』というトップコミットメントを発信し、それが推進のエンジンとなって女性役員が増えましたが、それでもまだ十分とは言えませんでした。そこで2012年にもう一度、鈴木がグループの経営方針説明会で『女性幹部を2割から2割5分にする』と発信し、2012年『ダイバーシティ推進プロジェクト』が発足しました」
――女性管理職比率を「2割から2割5分」へ、目標を高めました。なにがあったのでしょうか。
藤本さん「生活者視点を大切にしながらイノベーションを起こさないと、企業の持続的な成長がないと感じてのことでした。2012年に推進体制ができて、まず整理したのが『目的』です。持続的な企業価値の向上を目指し、あらゆる人材が活躍できる企業文化を創造すること。この目的を達成するための目標も掲げて取り組んでいます。
推進のステップとしていろいろな取り組みをしてきましたが、女性だけのための活動ということではなく、管理職、非管理職、男性社員、女性社員とすべての層に対して意識改革の活動に取り組んできたのが特徴です」
男性の「子育て」意識が変わると仕事力が上がる
――意識改革の活動というのは、どのようなものでしょうか。
藤本さん「たとえば管理職に対しては、世の中の変化を理解し、多様性を活かすようなマネジメントをしていかないと、これからは立ちいかなくなるという意識をしっかり持ってもらうセミナーです。また、男性社員の中には、家事や子育ては配偶者に任せきりという男性がいるのは事実ですので、子育てに取り組むことによって仕事にも良い影響があるという意識の変容を促すセミナーを行いました。一方、女性に対しては子育て中に仕事をセーブしようと考えてしまうのではなく、子育て中ならではの生産性の高い仕事の仕方も紹介しながら、一緒にキャリアも目指すことを促すようなセミナーを実施してきました」
――女性活躍推進の取り組みは、2012年からセミナーが中心だったのでしょうか。
藤本さん「はい。グループ全体で推し進めていくうえで、一番効果があるのはセミナーが良いと判断しました。新しい知識、新しい情報を注入することで少しずつ意識の醸成、変容を図り、企業風土を醸成していこうと考えました。
セミナー以外にはグループ内のネットワークづくりも行いました。ダイバーシティ推進プロジェクトが発足する前に、女性35人とその直属の上司の合計70人にインタビューを行ったところ、今の仕事が大好きで続けていきたいが、今後の結婚、出産、育児を考えると、このまま継続することに不安を感じる、という意見が多かったのです。
この不安を取り除きたいと、子育て中の女性を対象にして、昼休みに悩みの共有ができるネットワーク『ママ's コミュニティ』をつくりました。この取り組みは好評で、グループ各社ごとに同じようなコミュニティがつくられたり、ここで出た意見が施策につながったり、制度化されたこともあり他にも派生していきました。たとえば、祝日に社内に託児所を開設する「スポット保育」の取り組みがあります。弊社グループは小売業ですので、祝日は基本的に通常勤務日となっていますが、保育園などが休園になることも多く、子育て中の社員が子どもの預け先探しに苦労するという課題がありました。そこで、事業所の会議室で臨時託児を行う「スポット保育」という取り組みを2016年からテスト実施し、その後制度化に至りました。現在はコロナ禍で一時ストップしていますが、その時々の状況に応じた最適な施策や制度を、社員の意見をもとに今後も検討、実施していきたいと考えています」
――当時、制度面はどうだったのですか?
藤本さん「制度は整っており、利用もありましたが、当時はまだまだ子育てしながら管理職になっている方が少なく、ロールモデルがいない中で、どのように仕事と育児の両立をしたらいいのかイメージしにくかったのだと思います。また、育休からの復職後の不安や遠慮も多く、周囲の理解もなかなか進んでいなかったと思います。
いかに制度が整っていても女性活躍推進は進まないんですね。今の状況を上司、周囲の人に開示して理解してもらうこと。自分のパートナーにも話すことが必要です。
2017年、女性の仕事と育児の両立はパートナーの協力なくして始まらないということで
『ママ's コミュニティ』に男性も加わり『子育てコミュニティ』と名前を変えて再出発しました。妻の悩み、夫の悩みがそれぞれ理解できて、非常に相互理解が深まったように感じます」
「なでしこアカデミー」で管理職になりたい女性が増えた
――やはり意識を変えるということですね。
藤本さん「はい。意識が変わらないと変わりませんから。ただ、意識を変えるだけではなく、行動も変えなければなりません。自分の状況を開示して伝えることや、コミュニティやセミナーに参加することによって気づきを得て、主体者意識を根付かせる工夫をしてきました。
2013年には『イクメン推進プログラム』という子育て中の男性社員を対象にしたコミュニティをつくり、男性の家事・育児経験は職場での働き方にも活かされる、子どもへの接し方が部下指導にもつながるなど男性目線の講演会も実施しました。
2012年にグループ横断で女性の課長級以上の女性管理職を集めた『Women`s Management Community』をつくりました。ここではネットワークづくりとロールモデルの輩出を目的にして、マネジメント力向上につながるようなセミナーを5年ほど続けました。その後は女性の管理職を輩出するためには候補者の育成が大切ということで、管理職候補の母集団を形成することとなり、2017年『なでしこアカデミー』を新設。プレゼンテーションや、マネジメントを担うことを意識したセミナーを実施しています。この『なでしこアカデミー』はとても好評で毎回受講者も非常に多かったです。管理職を目指したいという女性たちが増え、意識変革につながったセミナーでした。
この他にも、女性活躍、ダイバーシティすべてに言えますが直属の上司の理解が無いと進まないため、管理職の意識改革のために2014年『ダイバーシティ・マネジメントセミナー』を開催。今までに20回ほど行い、管理職を中心にのべ約5500人が参加しました。参加者のアンケートでは、意識が変わり、行動も変えていきたいと回答した管理職が大多数でした」
――セブン&アイグループならではの取り組みは、他にもありますか。
藤本さん「各事業会社で業種業態が違い、課題も異なりますので、各事業会社での活動も大切ですが、グループでのシナジーを意識しています。年3~4回、『ダイバーシティ推進連絡会』を開催しており、中核事業会社の何社かのダイバーシティ推進担当、あるいは人事担当者に集まってもらい、自社のダイバーシティのケーススタディを議論し共有。それを各社に持ち帰って活用してもらっています。これは各事業会社への波及効果として進んでいきました。ある事業会社で作成したものが良かったので、別の事業会社への広がりをみせるなど、横の連携につながっています」
――今後、着手しようと考えていることはありますか。
藤本さん「もう一度、『女性活躍』ということに立ち返り、グループ各事業会社横断で管理職候補の女性たちに集まってもらい、研修を行う予定です。視座を上げるべく知識を学ぶとともに、私たちはセブン&アイグループの一員だという意識付けと、今後の事業間の人材交流につながるネットワークづくりもしていきたいと考えています。
私たちは私生活での経験を仕事に活かし、仕事での経験を私生活で活かすこと、つまり仕事と生活が相乗効果を生み出す『ワーク・ライフ・シナジー』を大切にしています。多様な従業員一人ひとりがイキイキと活躍し、働きがいをもって仕事ができる職場環境を今後も作っていきたいと思います」
(聞き手 水野矩美加)
プロフィール
藤本 圭子(ふじもと・けいこ)
セブン&アイグループダイバーシティ&インクルージョン推進プロジェクトリーダー
セブン-イレブン・ジャパン取締役常務執行役員 人事本部長
大手企業、大手ホテル勤務を経て1988年にセブン-イレブン・ジャパン入社。社長秘書を務め、2006年に執行役員秘書室長に就任、12年からセブン&アイ・グループダイバーシティ&インクルージョン推進プロジェクトのリーダー を務める。
16年からセブン-イレブン・ジャパン取締役常務執行役員、17年に特例子会社のテルベ代表取締役社長(現職)、20年から現職。