「格差」と「大クレーマー時代」の関係 「サイレント・マジョリティ」はこうして豹変した

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   私が警察を退職し、トラブルやクレームで困っている人の相談にのるようになってから20年になる。その間、社会の状況はどうなったかというと、いい方向に向かっているとは思えない。ますます悪くなっているといえる。特徴的なのは、「普通」に見える人のクレーマー化と比例するように、残忍で凶悪な事件が増えていること。今までは顧客対応をそれほど意識してこなかった業種でも、ますますきめ細かな対応が求められることと同じように、危機管理においてもいざという時の備えが必要になってきている。

   ひとつ、知っておいてほしいことがある。それは、クレーマーが社会全体に蔓延しているという現実はあるが、今、「誠意を見せろ!」と凄んでみるのは、ヤクザではない。昔、ヤクザがよくつかっていた「誠意を見せろ!」という台詞も、ヤクザの常套句のように思われているが、いまでは本物のヤクザはつかわない。なぜなら、「誠意を見せんかい!」と言った瞬間に、警察に通報されて事件になるからだ。

暴力団対策法の余波

かつて、リンゴが置かれていた理由
かつて、リンゴが置かれていた理由

   暴力団対策法が施行される前までは、警察に「民事不介入の原則」という足かせがあったことはよく知られている。すなわち、「警察は、民事の問題には直接介入できない」というもの。しかし、暴力団対策法ができてからは、相手がヤクザであれば、クレームに名を借りた金品の要求や利益誘導に対して即刻、中止命令や取り締まりができるようになった。

   かつて、暴力団事務所には、脅しの小道具として果物ナイフが用意されることがあった。その脇には、リンゴがさりげなく置かれている。つまり、果物ナイフはリンゴを切るためのものだとカモフラージュしているわけだ。

   しかし、暴力団対策法が施行されてからは、こんな小細工は通用しない。これ見よがしに果物ナイフが置かれていれば、それだけで取り締まりの対象になる。

   こうした現実から、極道の世界でも世代交代が進んでいる。いま、主導権を握っているのは、経済ヤクザや企業舎弟。この社会も「金がものをいう時代」になっている。全身に入れ墨を彫った、昔ながらのヤクザは頭の切り替えができず、廃業する者も多い。そうした敗北感を抱えた元ヤクザが、その欲求不満をクレームで爆発させることもあるから対応する側は悩ましい。

   たとえば、年老いたヤクザが、長年の不摂生がたたって腎臓を悪くするケースは少なくない。人工透析を受ける際、「切った張った」で強そうだけれど、じつは痛みにめっぽう弱く注射は苦手というタイプも。なにかの拍子で痛い思いをするとキレてしまったり、大げさにがなりたてたりして、特別扱いを要求するわけだ。

   「担当を替えろ」「あの看護師を辞めさせろ」「順番を変えろ」などと、勝手なことを言い続ける。

   このように、現役の暴力団員からの悪質クレームは激減したものの、その一方で、元ヤクザや普通の市民がヤクザ顔負けのクレーマーに育っている。ヤクザのベンツよりも、優秀な女学生や老人の軽自動車のほうが怖い――。こんなご時世なのかもしれない。

ストレス社会も一因

   クレーマーが企業の顧客第一主義を逆手にとっていることは、すでに述べた。そこで、クレーマーが急増している社会的背景について説明したい。

   このところ、「格差社会」がよく話題にのぼる。じつは、大クレーマー時代と格差社会は切り離せないと考えている。

   勝ち組・負け組、あるいは上流・下流などと線引きをしたがる社会風潮の中で、「言わないと損をする」と焦り、さまざまなことに不満をぶつける人が増えている。彼らの多くは、従来サイレント・マジョリティとして沈黙していた一般市民だが、「得したい」「損したくない」という思いにかられて、企業だけなく、官公庁や学校、病院、さらに近所づきあいや老人クラブにまで、クレームを持ち込むようになっているのだ。

   また、過重ストレスもクレーマーの増加の一因としてあげられる。

   競争が激しいビジネス社会で生き残るために、企業は日々、サービスの向上を目指している。ただ、サービスの向上は、利用者に恩恵を与えますが、サービスを提供する側(従業員)にとっては、過重ストレスの原因にもなりかねない。従業員は、限られた時間で多くの仕事をこなさなければならず、これまでの何倍もストレスがたまってしまうのだ。

   たとえば、宅配便の時間指定サービス。「夕方の6時に持ってきてほしい」といえば、その時間帯に持ってきてくれる。一昔前には、これほど細やかなサービスは期待できなかったが、いまでは当たり前になっている。それは、とりもなおさず、それだけ宅配業者の負担が増えたことを意味する。サービスという名の仕事の負荷が増え、ストレスも増大する。

   宅配業者に限らず、どんな業界・職種でも、似たようなことが起きている。まさに、日本全体がストレス社会。そして、ストレスが引き金となって、しばしば善良な市民がクレーマーと化す。サービスの提供者が客側(消費者)の立場になったとたん、クレーマーに変貌する「大クレーマー社会」の構図である。(援川聡)

援川 聡(えんかわ・さとる)
1956年生まれ。大阪府警OB。元刑事の経験を生かし、多くのトラブルや悪質クレームを解決してきたプロの「特命担当」。2002年、企業などのトラブル管理・解決を支援するエンゴシステムを設立、代表取締役に就任。著書に『理不尽な人に克つ方法』(小学館)、『現場の悩みを知り尽くしたプロが教える クレーム対応の教科書』(ダイヤモンド社)など多数。
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