ある飲食店でのできごとだ。
「こらあぁ! どないしてくれるんや!」
深夜。常連客も多い人気の飲食店で怒声が響いた。厨房から店員が身を乗り出すと、そこには、20代後半か30代前半と思しき男性が椅子から飛び上がり、仁王立ち。傍らには、カノジョらしき女性が連れ添っている。
まわりの客も、なにごとが起きたのかと、顔を見合わせたり、振り向いてコトの成り行きを見守ったりしている。店員が駆け寄ると、この男性客は腿のあたりを指さしてこう言い放った。
「椅子にガムがついとった。 このスーツは彼女からプレゼントされた舶来もので10万は下らない」「クリーニングじゃ、元に戻らん」「どないしてくれるんや!」「責任を取れ!」。
この飲食店は、オフィス街と庶民的なエリアが隣接する、繁華街にあるが、応対した店員は、耳慣れない大阪弁の迫力にタジタジとなりながらも、早番で帰宅していた店長に電話を入れ、判断を仰ぐことにした。
店長、思わず「お金払えば、コトは収まるのかな・・・」
ところが、この男性客の行動はすぐにエスカレートしてきた。店員が、店の奥にある事務所で店長と電話で話していると、ズカズカと事務所に入ってきて怒鳴り散らすのである。
もちろん、事務所は関係者以外立ち入り禁止だが、そんなルールはおかまいなし。一方、店長は受話器から伝わってくる怒声から状況を察知し、男性客と直接、電話で話すことにした。
「おまえんとこは、客のズボンにガムをつけておいても平気なんか? すぐにこっちに来て、弁償せえ!」
こう責め立てる男性客に対して、店長は「当店に非がある場合には、きちんと対応させていただきます。ただ、事実関係を確認できないことには、今はなんとも申しあげることができません」と繰り返し、翌日改めて連絡することを約束した。なにしろ、深夜2時、すぐに駆けつけることは難しい状況であった。
翌日、店長は約束どおり男性客と連絡をとり、対応を話し合おうとした。しかし、そこでも、男性客は威圧的な態度を崩さない。
「昨日、『きちんと対応する』と言っただろう。あれは、ウソか?」
前日の言動は、酔いにまかせた乱行でも、いっときの興奮によるものでもなかったようだ。
店 長「私どもに非があれば、そのときはきちんと対応させていただきます」
男性客「いや、いますぐ弁償しろ」
店 長「当店でガムがついたのかどうかも確認しないといけませんので」
男性客「そっちに行く前に飲んでた居酒屋がある。いますぐ、そこに行って確認してみろ。その店でガムはついてなかった」
店 長「それはできかねます。その居酒屋に行ったからといって事実確認ができるわけでもありませんので」
こんな電話のやりとりが、1時間以上続き、堂々巡りを繰り返していると、店長の気持ちも萎えてきます。
「(お金を)払ってしまえば、コトは収まるのかな・・・」