ある日突然、なんどもインターホンが鳴らされた。押しているのは、隣に住む60代の女性。
「どうしても話したいことがあるので、一度私の家に来てもらえます?」
女性はこう吐き捨てるように言い放つと、自宅に戻っていった。
「なんのことだろう?」と思いつつ、後を追うように隣家に行くと、この女性が足下をのぞき込むようにして、こう囁いた。
「可哀想なチイちゃん、眠れないの? 大丈夫?」
女性は不安げな表情を見せるが、それもつかの間、ヒステリックに大声を張り上げた。
「見てちょうだい、うちの子が眠れないでしょ! いつもあんたの家のバカ犬が、ワンワン、うるさいのよ! 育て方が悪いんじゃないの。訴えるわよ!!」
見た目は「普通の人」と変わらない
ペットをめぐるご近所トラブルは多い。いまや15歳以下の子どもよりペットのほうが多いというご時世だから、当然なのかもしれない。
この女性、じつは隣家で飼っている小型犬の鳴き声に業を煮やしていた。ただ、この犬は無駄吠えをするわけではない。彼女の金切り声のほうがよほどうるさいのだが、犬の飼い主は釈然としないものの、平謝りするしかなかった。
しかも――「可哀想なチイちゃん」は、女性が飼っている子猫だった!
「理不尽」――。この言葉を辞書で調べると、「道理に合わないこと。また、その様」とある。つまり、物事の正しい筋道、人として行うべき正しい道からそれているということだ。簡単にいえば、「あの人、ちょっと違うんじゃない?」と普通の人が感じることを、あたかも、当たり前のように行うことと言っていいかもしれない。
世の中には、理不尽なことをしたり、言ったりする人がたくさんいる。あなたの身の回りにも、思い当たる人が何人かはいるはずだ。
たとえば、ことあるごとに嫌がらせをしてくる人、根拠もなく、あなたを誹謗中傷する人……。あるいは暴力を振ったり、金銭をだまし取ろうとしたりする連中がいるかもしれない。こうした「理不尽な人」は、あなたの神経をすり減らし、あなたの幸せな時間と精気を奪い取るモンスターだ。
ところが、モンスターたちは、見た目は「普通の人」と変わらない。モンスターというと、その言葉の響きから極悪人を連想するかもしれないが、いま日本列島を席巻しているモンスターのほとんどが一般市民である。
一般市民の「ホワイトモンスター」
あなたの身近にいるモンスターを思い浮べてほしい。たぶん、平凡なサラリーマンだったり、おとなしそうな主婦だったり、年金で暮らす老人だったりするのではないだろうか? 私は、彼らを「ホワイトモンスター」と呼んでいる。
じつは、詐欺まがいの手口で金銭をかすめとる悪質クレーマーでさえ、その多くは一般市民である。かつては、暴力団をはじめとする反社会的勢力が後ろで糸を引くケースが大半だったが、暴力団対策法が施行されてからは、めっきり影が薄くなった。
もちろん、所属団体を(属性)を隠した暴力団関係者や、表向き足を洗った裏稼業の連中もいるが、彼らも一般市民を装って忍び寄ってくる。
いま、理不尽な人に振り回されたり、押しつぶされたりしないようにするには、以前にも増して注意が必要だ。なぜなら、外見からは見分けがつかないばかりか、もともとは善良な市民だった人までが、不安や不満を暴発させてモンスター化しているからだ。
長引く不況に加えて、東日本大震災や原発事故の影響もある。「見える恐怖」ではなく、「見えない不安」が日本全土を覆っているのである。こうした漠然とした不安感が、さまざまなトラブルの誘因の一つであることは否定できないだろう。
しかも、ホワイトモンスターの多くは、過剰な被害者意識をもち、自分が常識はずれなモンスターであることすらわかっていない。
さらに厄介なのは、警察は「民事不介入」の立場で、「クロ」と断定できない事案には手が出せないことである。企業に押しかけるクレーマーについては、暴力団対策法によって取り締まることができるようになったが、ご近所トラブルや職場でのパワハラなどは、事実上、野放しの状態である。私たちは、こうした現実を踏まえて自己防衛するほかない。
そこで、次回からは、さまざまなタイプのモンスターについて、その驚くべき「生態」を明らかにしたい。(援川聡)