コンサルタントとして活動をする中で、顧問先やセミナー参加企業からいろんな相談事が持ち込まれます。大きな組織は総じて「クレーム対応マニュアル」を欲しがる傾向にあります。
ある企業の『お客様苦情対応マニュアル』には、「安易な謝罪は禁止」と定められており、「すいません、申し訳ありません」と言ったら企業が責任を認めたとしてクレーマーの要求が過大になるから……とありました。
思考を停止させる「毒」でもある
マニュアルを作った会社側は現場に向かって、「マニュアルどおりに対応しなさい」と声をかけても、相手は人間であり考え方も価値観も様々で、マニュアルどおりにはいきません。
しかも、クレームの発生現場ではスピーディに対応しなければならないこともあり、そこで分厚いマニュアルのページを繰っている暇はありません。なかには「大切なマニュアルだから、かぎ付きのロッカーに保管してある」という店舗もあります。いったい何のためのマニュアルなのかと、首を傾げてしまいます。
業務マニュアルといえば、ファーストフード店の接客マニュアルを連想する人も多いと思います。仕事に不慣れなアルバイト店員を教育・指導するには有効なツール。
しかしその一方で、マニュアルは思考を停止させる「毒」でもあるのです。
店員「いらっしゃいませ」
お客「チーズバーガーを20個とコーラを20本」
店員「はい。チーズバーガーを20個ですね。店内で召し上がりますか?」
お客「……」
20個のハンバーガーと20本のコーラをひとりでたいらげる客はまずいないだろう。普通に考えれば、持ち帰りにすることは誰でもわかるはずです。
これは笑い話の類いですが、マニュアルに依存しすぎると、かえって常識はずれの言動になりかねないことは覚えておく必要があります。また、詳細なマニュアルがあると、そこに書かれていないことには手を出しにくいという弊害もあるのです。
マニュアルは「作っている」ときに、その存在価値があらわれるのかもしれません。「どんなマニュアルにしようか?」と、業務プロセスをチェックし、問題点を見つけ出すことができるからです。
クレーマーは十人十色
「犯罪捜査にマニュアルはないのか?」
こんな質問をセミナーや講演で受けることもあります。しかし、捜査にはルールはあっても、現場で役立つような完璧なマニュアルは存在しません。
警察は犯罪を立証するために、資料や証拠を確保しなければなりません。その場合、「捜査関係照会書」や「任意提出書」などを準備して捜査にあたるのが基本ルールです。ただし、容疑が固まっていない段階でいかにして捜査情報を入手するか、その活動について細かな規定はありません。というより、犯罪捜査を完璧なマニュアルにすることは不可能なことは、皆さんにもお分かりのことでしょう。
数年前、中央官庁の窓口対応の手引書(マニュアル)を作成することになり、私も委員の一人として参画しました。何度か会議に参加して出来上がった時には、70ページを超える結構な分厚さになっていました。そして、完成したマニュアルを手にした官僚は「これで一安心」と満足そうでしたが、私は「マニュアルができても安心できませんよ」と釘を刺すのを忘れませんでした。なぜなら、クレームは人の心の中で発生する「不満・指摘・要望」でもあるわけです。
クレーマーは十人十色、その目的や動機も千差万別なのです。言いかえれば人の「心の闇」に明確な基準がないように、ホワイトモンスター全般に通用するマニュアルなどはありません。
例えれば「爬虫類図鑑や昆虫図鑑」のように何万種も種類があるとも言え、さらに不安な社会情勢の中で、日々新たな新種が発見されている状況なのです。
苦労してマニュアルを作り上げても、いざという時に役立たないのですから、それよりも現場で重宝されるのは『クレーム対応のガイドライン』です。こちらの作成をお勧めします。次回は、そのガイドライン作りについて解説します。(援川聡)