予防医学の分野において、興味深い研究があります。第二次世界大戦におけるユダヤ人強制収容所において、精神的・身体的に大きな苦痛を強いられながら、約3割の女性が健康を害することなく生還した理由を、医学的・社会学的に検証したものです。
史上まれにみる劣悪な環境下でも健康を維持できた女性たちには、ある共通点がありました。彼女たちが持ち続けていた感覚はSOC(Sense of Coherence、首尾一貫感覚)と呼ばれて、社会学のみならず医学分野においても様々な研究がなされています。
ストレスに対処する「ぶれない感覚」が重要
SOCとは、生活や環境によってぶれることのない、物事を捉える感覚です。人のストレス対処能力を反映する指標とされており、次の3つの概念から構成されています。
1.有意味感(Sense of Meaningfulness)
人生は生きるに値すると考え、自分のやっていることに価値を見出し、自分の存在意義を自覚できる感覚とされています。どんなに辛いことがあっても、それを乗り越えて生きていくことに意味を見出す感覚といえるでしょう。
日々の仕事に当てはめて考えると、自分の仕事に対して前向きな意味づけや動機づけを見出せる感覚といえます。
2.把握可能感(Comprehensibility)自分の置かれた状況が理解でき、将来置かれる状況がある程度予測できる感覚です。自分の行動と結果の関連を把握できる感覚であり、仕事との関連でいえば、適切な見通しの下に段取りをつけたり、計画を立てて進めたりする感覚に通じます。
3.処理可能感(Sense of Manageability)一言でいえば「何とかなる、何とかやっていける」という感覚です。さまざまな災難が降りかかっても、それまでの経験や知識をうまく動員して、きっと自分で切り抜けられるだろうと考えることのできる感覚に通じます。
過去の様々な研究から、これらの感覚を備えている人は、ストレスに対する強さを持つことがわかっています。
大人になってからでもSOCは成長可能だ
このようなSOCの感覚は、どのように形成されるのでしょうか。
研究によれば、この感覚は主に年少期から青年期にかけて、成功体験のみならず、葛藤や挫折を乗り越えるなど、さまざまな経験を通じて形成されるもののようです。
しかし、成人以降であっても、良質な経験を積み重ねることによって、SOCを成長させることができると言われています。
これをビジネスパーソンの日々の生活に当てはめて考えてみると、次のように言えるでしょう。失敗を重ねながらも試行錯誤の末に、仕事がうまくいった達成感を味わうことを通じて、
「自分はやればできる」(処理可能感)
「やり遂げるためにすべきことが自分には分かる」(把握可能感)
「自分のやることには意味がある」(有意味感)
という感覚が醸成されるということです。
逆に言えば、達成感を味わった経験が少なければ、自分のやることに意味があるという感覚が育たず、挫折経験やそれを乗り越えた経験が足りなければ、やればできるとか、やり遂げるためにすべきことを見出す感覚が鍛えられないのかもしれません。
日々の仕事の失敗や成功が、SOCの感覚を育てるための過程だと考え、粘り強く諦めないタフなビジネスパーソンになって、ストレスに対処していただきたいと思います。