連載のタイトルにもある「ストレス」。日常生活でもよく聞く言葉ですが、専門家から見ると、必ずしも正しく使われているとはいえません。自分では認識していなくても、実は心身に強いストレスがかかっている場合があることに注意が必要です。
「輝かしい成功」が心身の不調をもたらすことも
そもそも「ストレス」とは、何を指すのでしょうか。1930年代、カナダのハンス・セリエ博士は「何らかの要因(刺激、ストレッサー)によって引き起こされる、身体の防衛(適応)反応」を「ストレス」と定義しました。
身体の適応反応を引き起こす刺激(ストレッサー)には、当然のことながら「悪い刺激」ばかりでなく「よい刺激」も存在します。そして、悪い刺激だけに目を奪われていると、気付かぬうちに心身の不調をきたしてしまいます。
たとえば、適度な運動や良好な人間関係、目標達成などによって得られる「よい刺激」は、感情を奮い立たせたり、爽快感をもたらしてくれたりします。一方で、過重な労働や対人関係でのトラブルなど「悪い刺激」は、心身を苦しめたり、やる気をなくしたりします。
しかし、よい刺激であっても、それが重なることで強いストレスになることもありますし、「昇給・昇格」や「子どもの誕生」「個人の輝かしい成功」などの嬉しいイベントが、心身の不調をきたす遠因となることもあるのです。
右の表は、米国のトーマス・ホームズ博士らが提唱した「社会的再適応評価尺度」と呼ばれるもので、日常生活における「ストレスの強さ」を点数化したものです。
60年代のアメリカを背景に作られたもので、現代の日本とは背景が大きく異なりますが、大まかな概念は理解できるのではないでしょうか。この表で、過去1年間に起きた出来事を振り返ってみてください。
「生活のスパイス」も入れすぎると不味くなる
たとえば、会社の転勤命令に従った場合、「仕事上の責任の変化」(29点)や通勤手段などの「個人的習慣の修正」(24点)、これに伴う「睡眠習慣の変化」(16点)や「労働条件の変化」(20点)がストレッサーとして降りかかります。これだけで合計が89点となります。
さらに、当然転勤に伴う「住居の変更」(20点)によって、家族の「生活条件の変化」(25点)が生じ、子どもがいる場合には「転校」(20点)など、家庭内でのストレスも重なります。すると、ストレスイベントがあっという間に150点を超えてしまうのです。
この点数の合計が、150点を超えると約半数の人が、また300点を超えると約8割の人が、その後1年以内に何らかの心身の不調をきたすとされています。
このように、よいことも悪いこともストレスになるのなら、できるだけ刺激の少ない生活を送った方がよいと考える人もいるかもしれません。
しかし、適度なストレスが私たちの行動を活性化し、快適で張りのあるものとしてくれていることもまた事実です。ストレス学説を提唱したセリエ博士は「ストレスは生活のスパイスである」とも言っています。
一方で、スパイスばかりでは料理の味はおかしくなってしまいます。ストレスによる心身の不調から身を守るためには、さまざまな出来事を前述の表などで定期的に評価し、変化を重ねすぎないよう工夫することが重要となるでしょう。