「言語学」は無力なのか? コロナ禍に沸いた疑問
川原さんは「世の中が暗い分、書くものは明るくしたかった」と振り返る。川原さん自身、コロナ禍初期は無力感に打ちひしがれていた。
「20年の2月~3月は落ち込んでいました。自分が人生をかけて取り組もうと決意した学問が、コロナ禍に対してこうも無力なのかと」。しかし川原さんは2人の研究者のおかげで立ち直ることができた。
1人目はアメリカの共同研究者。オンラインで研究ミーティングをした際に「コロナによって仕事を失う人が多い中で研究を続けられるのは当たり前のことではない」と諭されたのだという。「研究を続けられるうちは研究に打ち込む義務がある」と感じた川原さんは、「自分で選んだ学問の道を信じ、やれることをやろう」と思い立った。
2人目はフィールド言語学に携わる友人の教授だった。パンデミックが広がり始めたころ、南アフリカでは新型コロナウイルスに関する情報が乏しかった。英語やフランス語以外の情報が不足していたためだ。友人はWHO(世界保健機関)が発したコロナに関する情報を翻訳するプロジェクトを手伝わないかと声をかけてきた。川原さんら言語学者は、さまざまな言語のネットワークを持っており、翻訳活動に役立つことができたのだという。
「もしかしたら言語学は役に立つのではないか」と思い直した川原さんは、対面で授業をできなくなった生徒たちや、学費を理由に大学に通えなくなった人々に向けて、楽しく音声学を学べる講座用の動画を撮り始めた。書籍の内容はその延長線上にある。動画を撮り進める中で、編集者から声がかかり、連載を持ち書籍化に至った。