阪大スウェーデン語研究室は、何故あえて声を上げた? センター「ムーミン」設問、本当の問題点

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   2018年の大学入試センター試験で出題された『ムーミン』に関する設問に対し、大阪大学大学院・言語文化研究科のスウェーデン語研究室が見解を記述した文章を公表した。

   「ステレオタイプな北欧イメージを根拠とする今回の設問」といった表現で遺憾の意を表明したほか、これから大学生になる受験生らへのマイナスの影響も指摘しており、かなり詳細だ。

  • 「見解」を公表した大阪大学大学院・言語文化研究科のスウェーデン語研究室ウェブサイト
    「見解」を公表した大阪大学大学院・言語文化研究科のスウェーデン語研究室ウェブサイト
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「リアルな北欧の実像から乖離したイメージを再び広げてしまう危険性」

   当初は、ツイッターで「ムーミン」の公式アカウントが「炎上」するなど、面白半分で語られてきたこの一件。そこに、研究者たちはなぜここまで「本気」の反応を示したのか。ネットには戸惑う声もある。

   見解文に名前を連ねた古谷大輔准教授は2018年1月16日、J-CASTニュースの電話取材に、

「私たちは研究費を税金から頂いてスウェーデン語研究をしている立場で、社会的責任があります。その責任を完遂するため、学問の流儀として根拠を示す、正すべきところは正す、という考えから今回の文章を公表しています」

と話す。

   見解文には「北欧の実像から乖離したイメージを『再び』広げてしまう危険性」との記載がある。古谷氏は、「戦後日本の中で、北欧諸国は『理想的な国家像』『居心地のいい場所』というイメージを持たれがちでした。それは国の片一方の面しか見ていないということでもあり、実際には困難な側面もあります。根拠の曖昧なもので国の文化を語るのは、誤解にもつながり得る危険性をはらんでいると考えています」と語る。

   見解文は同研究室の高橋美恵子教授、古谷大輔准教授、當野能之講師の連名で15日に公表。古谷氏は同日、ツイッターで「日本で唯一スウェーデン語の研究教育を行う大学に属する者としての発言の重みと社会に果たすべき使命に鑑み、スウェーデン語研究室として対応することにしました」と背景を伝えている。

「ムーミン谷」は「架空の場所」

   センター試験地理B第5問の問4では、フィンランドかノルウェーを舞台にしたアニメであるとした2作品の挿絵(選択肢タ・チ)と、ノルウェー語かフィンランド語を書いた2つの例文(選択肢A・B)から、フィンランドの組み合わせとして正しいものを問うた。挿絵の作品は『ムーミン』と『小さなバイキング ビッケ』で、模範解答では前者をフィンランドとしている。

   見解文ではまず、この設問は高校地理Bで学ぶ語族の知識や、挿絵にある森や船の描写から解答を導き出すことができるとし、「新しい趣向を凝らした」設問だと一定の評価を示す。だが、続けて「この設問が抱える問題」をあげている。

   設問文に「『タとチはノルウェーとフィンランドを舞台にしたアニメーション...である』と記されている点」を適示しながら、一方で原作者トーベ・ヤンソンが書いた『ムーミン』の舞台「ムーミン谷」は、同研究室が確認している限り「架空の場所であり、フィンランドが舞台だと明示されておりません」と指摘し、「ムーミンがフィンランドを舞台としているものとは断定できません」とした。また『小さなバイキング ビッケ』も、作中の舞台が「ノルウェーだとは明示されていません」としている。このような同設問の不備について、「大学入試センターに確認を求めていきたい」と意向を示した。

   その上で見解文は「この設問がセンター試験の受験生をはじめ日本社会に与える危険性について危惧を表明する」と続く。

受験生の今後の「学び」にも影響危惧

   そもそも『ムーミン』は、スウェーデン語系フィンランド人の作家トーベ・ヤンソンが母語とするスウェーデン語で書いた。かつてスウェーデン大使館はフェイスブックで「フィンランドの公用語は、フィンランド語とスウェーデン語なんですよ」(15年9月9日)とも投稿している。同設問は作品(選択肢タ・チ)と言語(A・B)の直接の関連を問うものではないが、「解答へ至る判断材料としてこれらの言語を載せる限り、『ムーミン』の原作がスウェーデン語で記されているという事実を知らない者には、短絡的に『「ムーミン」はフィンランド語で書かれているのではないか』という誤ったイメージを植え付けかねません」と憂慮し、

「短絡的なイメージを与えかねない設問のあり方は、フィンランド文化の多言語性、とりわけフィンランドにおいてはスウェーデン語のような少数言語の存在を無視する危険性を孕むものではないか」

と危惧した。

   受験生の今後の学びにも影響しかねないという。大学の人文・社会系学問は「現地語で記述された資料など、常に客観的な根拠に裏付けられながら文化や社会の実像に肉迫するものでなければなりません」と前提を置き、対比するように「日本アニメがつくりあげたステレオタイプな北欧イメージを根拠とする今回の設問」について、

「トーベ・ヤーンソンやルーネル・ヨンソン(編注:『小さなバイキング ビッケ』の原作者)がスウェーデン語で記した情報に依拠せずとも(つまり現地語を学ばなくても)北欧の実像に迫ることができるといったような安易な発想を植え付けてしまう」

という点をあげた。日本社会に対しても、

「現地語情報に基づかないことで、多言語・多文化社会のようなリアルな北欧の実像から乖離したイメージを再び広げてしまう危険性を孕んでいる」

と指摘した。

   古谷准教授はJ-CASTニュースの取材に、17日にも大学入試センターに確認を求める意向だと話している。

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