ペットを巡る医療過誤訴訟が、ここ数年、増加傾向にある。さらに、訴訟関係者によると、愛するペットを失ったことへの慰謝料も高額化しているというのだ。「番犬」などと呼ばれたのは、今は昔。ペットも人間並みに扱われるようになった。一方で、獣医が萎縮するとの声もあり、人の場合と同様に「医療崩壊」の危機がささやかれるようになっている。
精神的ダメージの裁判所認定額は50万円ほど
愛するペットの医療ミスで、高額の慰謝料請求が増えている
東京・多摩市の動物病院が訴えられたペットの医療過誤裁判は、飼い主5人が集団訴訟を起こしたことで注目を集めた。東京地裁が2007年3月22日、損害を認め、病院側に316万円の賠償支払いを命じると、テレビや新聞で大きく報道された。
中でも、注目されたのは、慰謝料の額だ。地裁が一人当たりの最高として認めた50万円は、ペット訴訟で最高水準に達していたからだ。ペット訴訟に詳しい渋谷寛弁護士は、「別の医療過誤の裁判でも、9月に慰謝料50万円の判決が出ています。確かに、ここ数年、ペット訴訟での慰謝料が高額になっていますね」と話す。
渋谷弁護士によると、自ら担当し、04年5月10日に東京地裁で判決が出たスピッツ犬の「真依子ちゃん」訴訟では、糖尿病の治療費などを含めた賠償認定額約80万円のうち慰謝料が一人当たり30万円だった。その2年前に、別の弁護士が手掛けた飼い猫の医療過誤訴訟では、慰謝料は20万円だったため、毎年5万円ぐらい慰謝料の相場が上がっている計算になる。
その背景には、晩婚化や高齢化などで子どものいない世帯が増え、ペットを家族の一員のように可愛がる人が増えていることが挙げられる。「ペットを家の中で飼う人も多くなり、亡くなったときの飼い主の悲しみは大きい。『ペットロス』と言われるほど精神的なダメージが大きい人もいます。慰謝料は愛情の程度によるので、裁判所の見方も変わってきているようです」と渋谷弁護士。
インフォームドコンセントの考え方導入が必要?
3月23日付中日新聞によると、多摩市の動物病院のケースでは、裁判長が、慰謝料認定の理由として、「ペットへの愛情は財産的価値を超えて保護されるべきで、最期をみとる利益侵害も損害に当たる」と踏み込んだ判断を示した。原告の5人は、犬や猫、フェレットなどのペットを同病院に預けたが、判決によると、不要な手術や治療などの結果、ペットが病院で死ぬなどしていた。
「真依子ちゃん」訴訟では、東京地裁が、愛情の程度を具体的に認定した。判決によると、飼い主は、会社の特別許可をもらってまで社宅で飼い犬の真依子ちゃんを飼い、転勤では飼育環境を考えてマンションを購入した。また、犬の成長を毎日記録し、10年にわたって子どものように可愛がっていたとした。そして、地裁では、真依子ちゃんは、飼い主にとって「かけがえのないものとなっていたことが認められる」と認定した。
原告の飼い主は、犬の死亡後、パニック障害を発症して治療したという。判決では、「精神的苦痛が非常に大きいことが認められる」ともしている。
一方、動物病院の獣医らにとっては、訴訟の増加や慰謝料高騰は大きな脅威になる。京都府の獣医男性(35)は、ブログ「どうぶつ病院診療日記」の9月28日付日記で、「どんなに過失なく処置を行ったとしても、その結果次第で訴訟を起こされかねないというのであれば、獣医師は、リスクを冒すことはできません。嫌な時代ですが、もうすでに、訴訟リスクを考えずに、診療を行える時代ではなくなって来ています」と獣医が萎縮することを危惧していた。
まさに「医療崩壊」の足音が、ペット治療にまで聞こえてくるようになってきた。何か解決策はあるのだろうか。
前出の渋谷弁護士は、こう提言する。
「獣医が十分な説明をし、飼い主から同意を得ることに尽きるのではないでしょうか。ペットが死ぬ確率があると告げて同意を求めるインフォームドコンセントの考え方です。無口でしゃべるのが苦手な先生が、問題を起こしやすい。飼い主も、『お任せします』と言って、『こんなはずじゃなかった』と後悔する場合が多い。最初から説明を求めるべきでしょう」
獣医といえども、すべての分野が得意なわけではない。このため、「お金がかかるなど問題もありますが、ほかの獣医にセカンドオピニオンを求めるのも手」という。