強右衛門の記述を史料で探すと
<こんな英雄は本当にいたのか?>ここまで美しい話だと「本当に鳥居強右衛門は実在したのか?」と疑問視してしまいます。実のところ、強右衛門について記述してある一次史料は、今のところ発見されていません。
しかし、比較的近い時代を生きた人たちの書いた史料には、載っていました。出来る限り事実だけを事実として書き残した大久保彦左衛門の『三河物語』には、しっかりと強右衛門について書かれています。
逆に、話を面白くしすぎて事実かどうか信用しにくい小瀬甫庵の『甫庵信長記』初版には、強右衛門については書いてありません。
(失礼かもしれませんが、信ぴょう性が増したような気がしますね...)
この2冊のもっと前に、松平家の者が書いた『権現様一代記』にも記述があるので、1609年よりも前、強右衛門が生きていた時期とそこまで離れていない江戸時代初期には、強右衛門の英雄譚は広まっていたようです。
<強右衛門の死後>そしてその子・2代目強右衛門はというと、関ヶ原の戦いで毛利家の安国寺恵瓊を捕縛するという活躍ぶりを見せました。
また、亀姫は自分の息子の忠明へ、2代目強右衛門を重用するようにと言ったとされています。
有名な『落合佐平次旗指物』など、一次史料には載っておらずとも、鳥居強右衛門が生きた証拠は少しずつ残っているようですね。
さて、今回の記事はここまで。
ドラマに関するさらに詳しい解説は、是非YouTubeチャンネル・戦国BANASHIをご覧ください。それではまた来週もお会いしましょう。さらばじゃ!
(追記:参考文献など)今回の参考文献は、『鳥居強右衛門 (中世から近世へ) 』(金子拓著、平凡社)など。エビデンスには細心の注意を払っておりますが、筆者は一歴史好きYouTuberであり、歴史学者・研究者ではございません。もし、間違い指摘やご意見などございましたら、この記事や動画のコメント欄で教えて頂ければ幸いです。
<第21回『長篠を救え!』家康と信長の関係に違和感。鳥居強右衛門伝説のチューニングは完璧!>は、(J-CAST)テレビウォッチのオリジナル記事下動画や、YouTubeチャンネル「戦国BANASHI」からお楽しみください。
++ 「ミスター武士道」プロフィール
1990年、三重県四日市市生まれ。年間100冊以上の歴史に関する学術書や論文を読み、独学で歴史解説や情報発信をするYouTuber。
一般向け歴史書籍の監修、市や県などの依頼を受けて、地域の歴史をPRする動画制作なども手掛ける。2019年に歴史解説チャンネル「戦国BANASI」を開設。2023年春には登録者数が15万人を超えた。22年12月には『家康日記』(エクシア出版)を公刊。