「鎌倉殿の13人」 義時が暗殺を免れた本当の事情は? 「吾妻鏡」と「愚管抄」の興味深い違い
<歴史好きYouTuberの視点>

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   NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の11月27日(2022年)放送回は「第45回 八幡宮の階段」でした。登録者数12万人を超える人気歴史解説動画「戦国BANASHI」を運営するミスター武士道が、「第45回」の解説動画で最も熱く語りたかった「ツボ」は?

   動画内容を軸に再解説します。次回放送をより楽しむための準備・復習にもお役立てください。(ネタバレあり)

  • 歴史解説YouTubeチャンネル「戦国BANASHI」 鎌倉殿の13人「第45回」解説動画より
    歴史解説YouTubeチャンネル「戦国BANASHI」 鎌倉殿の13人「第45回」解説動画より
  • 歴史解説YouTubeチャンネル「戦国BANASHI」 鎌倉殿の13人「第45回」解説動画より

天に守られた?

   いや~乱世乱世。どうも歴史好きYouTuberのミスター武士道です。

   今回も大河ドラマの内容に合わせて、歴史的な解説をしていきます。

   鎌倉殿の13人第45回『八幡宮の階段』では、ついに公暁の手によって、実朝が暗殺されてしまいました......天命を受け入れた実朝には、一言のセリフもありませんでした...。

   実朝の最期は、不運なことに人違いで殺されてしまった仲章のそれとは対照的でしたね。

   この実朝暗殺事件、歴史的にも北条義時が黒幕だったとも言われますが、そのような説が出たきっかけが、この仲章の死に様でした。

   ドラマでは、仲章のほうから義時に太刀持ちの役目を代わるように要求し、それが原因で義時と間違えられ斬られましたが、記録上はどうだったのでしょうか。

   まず、鎌倉幕府の準公式史料とされる『吾妻鏡』では、義時が体調を崩したことによって、仲章と太刀持ちの役目を交代したと書かれています。

   しかもこの体調不良は、義時を守護する戌神によってもたらされたもので、まさに天に守られて惨劇を回避したというシナリオになっているのです。

   にわかには信じられない話です。研究者の間でも『吾妻鏡』の記述は疑問視されています。

   もし、義時が本当に体調を崩したのだとしたら、なぜ仲章に太刀持ち代役を願い出たのか?

   この場には義時以外にも武士たちは参列していて、足利や大内といった源氏庶流一門に代わってもらうこともできたはずです。

   にもかかわらず、わざわざ遠くにいる仲章を指名(吾妻鏡には行列の並び順が記されています)しているあたり、義時は自分が狙われていることを知っていて、仲章を身代わりにしたのではないか?と言われています。

   一方で、この事件を記録する別の史料『愚管抄』では、太刀持ちの話は出てきません。

   『愚管抄』によれば儀式に向かう途中、義時ら武士たちは八幡宮の中門に留まるよう実朝に命じられたといいます。

   実朝は、位の高い貴族だけを率いて奥の本殿へ入っていったのです。

   しかし、執権である義時が先導役を務めていると勘違いした公暁が、先頭で松明を持っていた仲章を間違えて斬ってしまったのだそうです。

   『愚管抄』に記録された話は、実際に事件現場にいた貴族が、京へ帰ったあと著者の慈円に報告したことがもとになっていると考えられており、『吾妻鏡』よりも信憑性が高いという評価を受けています。

   『愚管抄』を信用するならば、『吾妻鏡』の記述は嘘ということになりますが、なぜこのように義時が怪しまれるような嘘を書いたのでしょうか。

   一説には、北条氏を顕彰する吾妻鏡の著者が、『義時が中門に留め置かれた』という事実を隠蔽するために、このような嘘を書いたのではないかと言われています。

   すなわち、執権として鎌倉を支配する北条義時が、中門に留め置かれる存在=仲章よりも格下扱いを受けていたことを隠したかったのです。

   この隠蔽工作が、かえって後世に義時黒幕説を生み出してしまったわけですから、なんとも皮肉な話です。

   とはいえ、義時が運よく死地を脱したことも事実で、義時が天に守られたと強調する吾妻鏡の著者の気持ちもわかります。

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