「鎌倉殿の13人」 和田義盛の「味方」、実はこんなにいた! ドラマ以上にピンチだった義時政権
<歴史好きYouTuberの視点【第41回】>

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日和見していた西相模の御家人たちが...

   『吾妻鏡』によると、義時はさんざん和田一族を挑発していたにも関わらず、なぜか合戦の準備を怠っていました。本人は暢気に囲碁を打っている最中に和田挙兵の報せを聞き、大江広元は宴会中を襲撃され、北条泰時は二日酔いの状態で戦場に出ています。当然、合戦のための十分な兵力も動員できていなかったでしょう。

   幕府方がなぜここまで油断していたのかは不明ですが(ドラマでは一度は和睦したという解釈でしたね)、和田軍にも充分に勝機があったと考えられます。

   しかし、実朝の出した御教書によって日和見していた西相模の御家人たちが幕府方に付き、起請文の誓いを破った三浦勢の攻撃などもあって、和田軍は瓦解、義盛も討ち取られてしまいました。

   もし、三浦義村が約束通り和田軍に加勢していたら、戦局は大きく違ったかもしれません。

   和田合戦からおよそ半年後、実朝は『金槐和歌集』を作りました。

   その中には、

「山は裂け 海は浅せなむ 世なりとも   君に二心 わがあらめやも」

という有名な歌があります。

   山が裂けて海が干上がるような天変地異が起こる世になろうとも、あなたを裏切る心はありません。という意味で、実朝の後鳥羽上皇への忠誠心を表した歌です。

   和田合戦以降、実朝の目は坂東ではなく、京の後鳥羽上皇や海外へ向けられていきます。

   「源氏棟梁による坂東の支配」に関心を失った実朝に対し、執権・北条義時はどう動くのか?

   実朝暗殺の黒幕となってしまうのか?今後の展開にも目が離せません。

    さて、今回の記事はここまで。ドラマに関するさらに詳しい解説は、是非YouTubeチャンネル・戦国BANASHIをご覧ください。それではまた来週もお会いしましょう。さらばじゃ!

   (追記:参考文献など)今回の参考文献は、『三浦一族の中世』や『北条氏と三浦氏』(いずれも高橋秀樹、吉川弘文館)など。エビデンスには細心の注意を払っておりますが、筆者は一歴史好きYouTuberであり、歴史学者・研究者ではございません。もし、間違い指摘やご意見などございましたら、この記事や動画のコメント欄で教えて頂ければ幸いです。

   <第41回解説動画は、(J-CAST)テレビウォッチのオリジナル記事下動画や、YouTubeチャンネル「戦国BANASHI」からお楽しみください>


++ 「ミスター武士道」プロフィール
1990年、三重県四日市市生まれ。年間100冊以上の歴史に関する学術書や論文を読み、独学で歴史解説や情報発信をするYouTuber。
一般向け歴史書籍の監修、市や県などの依頼を受けて、地域の歴史をPRする動画制作なども手掛ける。2019年に歴史解説チャンネル「戦国BANASI」を開設。2022年夏には登録者数が12万人を突破した。

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