56号村上選手の「打法のヒミツ」 中学時代の「屋根破壊」との関係(スッキリ)

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   ヤクルトの村上宗隆選手(22)が3日(2022年10月)の最終戦・最終打席で56号本塁打を放ち、日本選手としては王貞治選手の1964年の55号を58年ぶりに塗り替えた。本塁打を量産する「村神打法」の秘密は、故郷熊本県で中学時代に指導された「左中間打ち」にあったと、4日の「スッキリ」が伝えた。

   村上は同日の試合で、「三冠王」も達成。落合博満氏の「最年少」三冠王記録28歳も塗り替えた。

  • 中学時代の「場外ホームラン」との関係が…(写真はイメージ)
    中学時代の「場外ホームラン」との関係が…(写真はイメージ)
  • 中学時代の「場外ホームラン」との関係が…(写真はイメージ)

場外ホームランで...

   最後の打席の初球だった。真ん中の直球を右翼へはじき返した。打った瞬間にホームランを確信した村上選手は、バットをなげて大きく口を開け、両手を合わせた後にガッツポーズ。試合後、村上選手は「ほっとしました。やっと打てたな」「長い一本だったと思いました。本当にほっとしました」「打った感触と打球を見ながら、久しぶりのホームランだったのですごく、この感じは気持ちいいなと思いました」

   14試合、61打席ぶりのホームランだった。7月31日から8月2日の2試合にかけて「5打席連続ホームラン」。9月に入ってからも、2日に50号、13日には、54・55号を連続するなど、順調だったが、その後、ピタリと勢いが止まっていた。

   村上選手の56本を分析すると「右翼25本、中堅13本、左翼18本」だ。これに対し王選手は、右翼へのホームランが49本と圧倒的に多かった。レフトへの「18本」が、村上選手のホームラン王への道だった。その「左翼本塁打」の訓練は中学時代にあった。

   村上選手の地元熊本県で、中学時代の硬式野球チーム監督だった吉本幸夫さんは、「ライト側が狭かったので、(村上の場外ホームランで)小屋の屋根を壊したりしていた」。ライトは85メートル、レフトは110メートルだった。建物への被害を減らすため、吉本監督は村上選手に、「左中間に強い打球を打ちなさい、とよく言っていた」。

   中学のグラウンドの右翼場外に農舎がある、濱田雅之さん宅には、バケツ一杯の硬式ボールがある。壊した屋根は、そのたびに選手が修理に来たというが、草の中に忘れられて残ったボールだ。濱田さんは「いつか、村上選手本人に返したい」という。

   入団した2017年は清宮幸太郎選手を7球団がドラフト1位指名。クジではずれたヤクルトが「ハズレ1位指名」したのが村上選手だった。「いまから強い意識で、次は村上世代と言わせられるような選手になりたい」。悔しそうに話していた。

   球場から出てきたヤクルトファンは、「村神降臨」と大きく書いたタオルを掲げ、「村神様ありがとう」と喜び合った。

(栄)

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