教員の性暴力に「被害」と認識できない子どもたち。後にPTSD発症「言い出せないし、言いたくない」と埋もれてしまう

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   子供の時に学校で受けた性暴力を、大人になって訴える人が相次いでいる。

   わいせつ・セクハラ行為で懲戒処分などを受けた公立学校の教員が過去最多となる一方で、多くの被害が埋もれていることがわかってきた。圧倒的な上下関係が存在し、子供が声を上げても教員側の言い分が通りやすい。被害を明るみに出し、さらなる被害を生まないために、どうすればいいのか。現場で活動する専門家と考えた。教員からの性暴力をなくすために、子供たちを守るための解決策を提言する。

  • NHK「クローズアップ現代+」番組公式サイトより
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提訴まで20年以上、学校現場に立ちはだかる「時間の壁」

   石田郁子さん(43)は、中学3年から大学2年まで、教員による性暴力を受けその後PTSDを発症したとして、損害賠償を求めた。石田さんが裁判を起こしたのは2年前。41歳の時だった。「私はこのままずっと、このことを黙って生きていくのはもう耐えられない。自分の15歳から19歳の、被害にあっていた自分を守れるのは、今の大人の自分でしかないので」。

   裁判を起こすまでに20年以上かかった。自分が被害を受けたと認識するまでに時間がかかる、という学校現場ならではの特徴があった。相手は中学校の美術教員。高校で美術を学びたいと考えていた石田さんは、絵の描き方などを教わっていた。教員から誘われ美術の展覧会に行ったとき、腹痛に襲われた。教員は自宅へと連れて行き、突然キスをし、抱きしめてきた。

   「まず、何が起きたのか、わからない。自分が先生からそういう(性的な)対象として見られていると、想像すらしなかった」。高校に入ってからもたびたび呼び出され、上半身を裸にされたり、胸を触られたりした。「断るとか、そういう選択肢は自分にはないんです。先生が言うことだから。先生の言うことを疑わないし。まして、先生が犯罪をするとは思っていないので」。

被害者アンケート、8割が「被害」だと認識できなかった

   教員から性暴力にあった149人に聞いたアンケートでは、8割近くが、被害を受けたとき「被害」だと認識できなかった、と回答した。被害だと認識できるまでには、10年20年、時間がかかるケースが少なくない。石田さんが被害ではないかと気づいたのは37歳の時だった。裁判で被害を証明するために、教員と対面し、やりとりを記録した。

   「先生覚えてます?」「玄関でキスした」「玄関でしたっけ?」「そう」「先生が上になって」「はい」「キスしたり」「はい」「けっこう覚えてる?」「当り前じゃないですか」「分かるとまずいとか、あったんですか?」「当り前じゃないですか。クビです。当然、教育委員会にばれたら俺クビだから」。

   教員はこの発言について、答弁書で、石田さんが「ありもしない妄想にとりつかれていると恐怖を抱き、言い分をすべて認めて場をおさめることにした」と主張した。さらに、石田さんが訴えた中学からの行為については、「大学生のころは交際していたが、それ以前にわいせつな行為などはしていない」とした。

   きょう、東京高等裁判所であった二審判決は、一審に続き訴えを退けられた。中学・高校時代にわいせつ行為があったことは認定した。しかし、賠償を請求できる20年の「除斥期間」を過ぎている、とされた。「性的なことと分かることと、性暴力と分かることは別問題。分かるのは時間がかかるので、みんな言い出せないし、言いたくない。だから知られていないだけ」。

「このままでは前に進めない」と30年ぶりに教員に問いただす

   時間の壁に阻まれ、自分で直接教員の責任を問わざるを得なかった女性もいる。みさとさん(仮名40代)は小学生のころ、担任の教員から受けた行為が原因で、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断された。今も大量の薬を飲んでいる。「自分は汚されてしまって、汚い存在なんじゃないか。心が死んでしまった」。

   2年前、同級生に同じような経験をしたことがある人がいることを知った。時間がたっていたため裁判を諦め、元教員に直接謝罪を求める手紙を書いたところ、応じると返事が届いた。「いま区切りをつけなければ、これから前に進めない」。一か月後、30年ぶりに同級生とともに、その教員と対面した。

   当時30代だった教員は60歳を超えていた。「大きくなったね」「おかげさまで。なんとか死なずに生きております。何度も自殺はしようと思いましたけれども、先生にされたことぐらいで死ぬのは悔しいので、がんばって生きてきました」「まずは、先生の口からどんなことをしたのか聞かせていただきたい」「本当に覚えていないんです。記憶にないんです」。元教員は、覚えていないと繰り返した。「修学旅行の夜。女子の部屋に一人で入ってこられて。一人一人の生徒の横に添い寝をして、『舌を出してごらん』。キスして、服を脱がして」「乳首を触って、先生も脱がれましたよ、服。『おっぱい大きいね』ともんでいましたよ。それ覚えていないのでは、納得ができないんですが」「スキンシップというか。いっぱいあったと思う。抱っこするとか」。話し合いは2時間続いた。教員は最後にこう語った。「あまりのことをしてきたんだと思って。ごめんなさい。本当に」。

   「関われば関わるほど、がっかりすることばかりで、さらに傷が深くなってしまう。希望につながるような仕組みづくりをしていってもらいたい」。

時間の壁に阻まれる性暴力の訴え、どうしたらなくせるのか?

   性暴力を「被害」だと認識できるまでに、10年20年30年とかかるのはなぜか。主な理由は①学校の先生を疑う発想がなかった②性的なことの知識や経験がなかった③被害時にその場にいるだけでも精いっぱいだった。

   石田郁子さん「先生と生徒という以外に、大人と子どもという(上下関係)があって、教師がやったりすることで、自分が分からないけれど、大人はこうするのかなとか。いろいろ自分で想像したり、不快だけど合理化しようとしたりとか。それも先延ばしにして。そういうことが被害認識の遅れにつながっている」。

   齋藤梓さん(公認心理師)「加害をする人は、すごく巧妙に信頼関係を築きながら子どもに近づいていったり、体に障ることを徐々に増やしていったり。手なづけ、専門用語ではグルーミングというが、信頼感や好意を利用されているという点も、暴力だと気づきにくい一因になっている」「心理的・身体的な境界線を侵害するのは暴力である、と知るべきだ」。

   米田修さん(被害者支援NPO法人理事長)「問題のとらえ方を大きく変える必要がある。性暴力について、行政は『不祥事』と言う。教師の組織にとっては不祥事だが、子供にとっては『暴力・人権侵害』だ」

   末富芳さん(日大教授)「子供たちに定期的なアンケート調査をすべき。こういうことを先生からされたことがありますか?と聞かれると、これっていけないことなんだ、と分かりやすい。教師の側は『これはまずい』と思う。隙あらば子供たちを手なづけて恋愛関係だと思わせて、自分の欲望を達成したいと思うタイプの教員が、まずいと気づくことも、大事だ」

子どもの訴え「被害」と認められない 教育委員会の構造的課題

   中学2年生の香織さん(仮名14歳)は、PTSDと診断され、3年間不登校が続いている。きっかけは、小学5年生の時。担任から頭や頬などを触られた。「自分だけやられたのか、と思ったら気持ち悪くなって」。髪の毛をもまれたりして、身の毛がよだつほど精神的に追い詰められた。担任の行為をやめさせてほしいと女性の副校長に相談したが、「話を聞くだけだった」。香織さんと母親は、校長らに実態調査を求めた。聞き取りに対し、男性教員は、「優しく注意する意味で、こめかみあたりを一度つついたことはあります」と「授業中の指導」だとした。「被害」だと認められなかった。教育委員会にも踏み込んだ調査を求めた。教委は、セクハラ行為やいじめ行為に当たらないとした。

   みさとさんは当初、教育委員会にこの教員の懲戒免職を求めた。しかし聞き取りはしたが、処分はなかった。担当者は、「本人が事実を認めて、訴えと一致して初めて事実認定ができる。警察ではないので、捜査をすることはできない」。

   米田NPO理事長は「第三者委員会による調査が必要だ」という。寺町東子弁護士は、学校内で対応せず、警察への通報の義務付けを提案する。「学校の中での教師によるわいせつ行為、性的虐待は『児童虐待』だと法律で定め、児童虐待防止法と同様、守秘義務を解除して通報義務を課すべき」。末富芳教授は、「学校教育法も性暴力についての規定を整備すべき」と指摘した。

   国は今年度から3年間、「性犯罪・性暴力対策の強化方針」を決定、わいせつ行為を行った教員などへの厳正な処分を施策の一つとして進めている。

   番組は性暴力被害の相談について、全国共通の短縮番号として「#8891」(24時間対応)を紹介した。

NHKクローズアップ現代+(2020年12 月15日放送「教員からの性暴力なくすために 最前線からの提言」)

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