<BS時代劇 明治開花 新十郎探偵帖>(NHK・BSプレミアム)
原作・坂口安吾の辛辣な文明批評が随所に。スタイリッシュな福士蒼汰が小気味よく事件の謎を解いていく一級の娯楽作品

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   「人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外に人間を救う近道はない」との箴言で始まるこのドラマ、公式HPの触れ込みによれば「明治版シャーロックホームズによる、新型サスペンス時代劇」だとか。原作は、敗戦直後に発表した「堕落論」で一躍時代の寵児となり、太宰治、石川淳らとともに『無頼派』と呼ばれた作家・坂口安吾の「明治開花 安吾捕物帖」。新潮社の雑誌『小説新潮』に、1950年(昭和25年)10月号から約2年にわたって連載された全20話の探偵小説だ。冒頭の言葉は「堕落論」の一節である。

   主人公は、旧徳川幕府の幕臣の子弟で、米国ボストン帰りの私立探偵・結城新十郎(福士蒼汰)。「サムシング・ストレインジ(何かがおかしい)」が口癖で、その違和感を突破口にいくつもの難事件を解決した名探偵として、警視庁大警視・速水星玄(勝村政信)の信任も厚い。

  • NHK・BSプレミアム「明治開化 新十郎探偵帖」番組公式サイト
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舞台となった維新後は、原作が書かれた敗戦直後の世相と重なる

   安吾は、舞台設定を明治とした理由を「推理の要素を入れるにはそれぐらいの年代にするのが万事に都合がよかったから」と説明する。だが、それを真に受けるわけにはいかない。この連載が始まったのは、敗戦から5年が経ち、朝鮮戦争が勃発した直後だ。文芸評論家の尾崎秀樹が「坂口安吾は維新後の世相と戦後の世情を対比させただけでなく、そこに薩長藩閥政府の専制と、アメリカの戦後占領という政治的(同時に精神的)類似性を見抜き、一人の勝海舟が存在しない戦後社会のあり方に批判の眼をむけている」と指摘した。つまり、ざん切り頭だ牛鍋だと浮かれていた明治の世相と、お隣の国の戦争による米軍の特需景気に湧いていた戦後日本の世相をダブらせ、江戸無血開城を断行した勝海舟のような英傑が戦後の日本にいないことを嘆いているというわけだ。余談ながら、海舟的人物を強いて挙げれば、占領軍の最高司令官マッカーサーを叱った唯一の日本人と言われる白洲次郎ぐらいか。

   安吾も、探偵になった理由を問われた新十郎に「明治開花が人を溺れさせるのか、それとも人を救えるのかが、見えてくるかもしれない」と語らせているが、これを原作が書かれた時代に置き換えれば、尾崎の指摘通り「戦後日本が人を溺れさせるのか、それとも人を救えるのか......」と読み取ることもできる。

   その辛辣な文明批評やいつの世にも通じる警世の句は、たとえば、新十郎がチェスの相手として居候している勝海舟(高橋克典)とのやり取りの端々にちりばめられており、我が意を得たりと膝を打つ視聴者も多いはずだ。

   また、新しい時代に浮かれる者たちへの懐疑や批判は、第1話「仮装会殺人事件」で、成り上がりの政商の後妻に嫁いだ元大名の娘が、盛大な仮装会の満座の中で夫を毒殺し、その動機を吐き捨てるように語るセリフに端的かつ鮮明に表現されている。やや長くなるが、引用しよう。

   「成り上がった者どもと、将軍家に取って代わって政府の高官となった薩摩や長州の者どもが浮かれ騒いで、何が文明開化だ。明治開化など、まやかしよ」

   このセリフを現代の日本人への警句とみるのは、深読みに過ぎるだろうか。

物語としても謎解きゲームとしても楽しめる

   とは言え、決して堅苦しいドラマではない。安吾は、夏目漱石や志賀直哉らに代表される『正統派文学』に対して、庶民生活の中の滑稽さや洒落、人情など描いた江戸期の通俗文学である『戯作』の精神の大切さを主張し、それゆえに『新戯作派』とも称された。

   その安吾が「物語としても面白いし、謎ときゲームとして探偵小説本来の推理のたのしみ、読者の側から云えばだまされる快味にもかなうような捕物帖」として書いたミステリーが面白くないわけがない。今週以降のタイトルを見ても第2話「死神人力車」、第3話「万引き一家」、第4話「リンカーンの影」......と興味をそそられる。

   福士演じる新十郎は、山高帽にグレーの幾何学模様のマント、赤いストライプも鮮やかなマフラーというスタイリッシュな出で立ちで、小気味よく事件の謎を解いていく。ほかに、密かに思いを寄せる新十郎を莫大な財力で助ける大政商の美貌の令嬢・加納梨江に内田理央、気風のいい元深川芸者で海舟の妻・民に稲森いずみ、新十郎の相棒を自称する剽軽な泉山虎之介に矢本悠馬など、多彩な俳優陣が物語を盛り上げる。

   週末の夜に老若男女が等しく楽しめ、しかも棘も毒もある第1級の娯楽番組の登場だ。(毎週金曜よる8時~)

寒山

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