新型コロナウイルスの感染拡大が止まらないなか、来年夏の東京五輪を開くことはできるのか?――そのテストケースとして、4カ国が参加した体操の国際大会が今月、東京で開かれた。その舞台裏にカメラが入った。
今回の大会は、国際オリンピック委員会(IOC)から東京五輪の試金石になると伝えられていた。「誰か先陣切らないといけない。切り込み隊長で」と、運営の責任者を務めた渡辺守成・国際体操連盟会長は大会前に言った。「人生最大のプレッシャーと緊張感ですね。コロナを海外から持ってこない。選手にコロナを発症させないことが最優先。そのリスクがちょっとでも高まるのだったら、躊躇(ちゅうちょ)せずに中止します」。
大会には日本、米国、ロシア、中国の4カ国が参加。30人の選手が出場した。各国選手団はそれぞれバブル(泡)の中のように隔離される。入国後14日間の隔離は免除されるが、行動範囲は空港、ホテル、競技場に限られる。事前に各国に説明に出向いた渡辺会長は「オリンピックができるためだったら何でもすると。だから大会をやるのだったら喜んでいくと。自分がオリンピックの扉を開けるんだったら。やりたいんだという気持ちを、ひしひしと感じた。やるしかないな、やってあげたいと思いました」。
毎日の検査で鼻の炎症も、防護服で3時間の移動
ロシア選手団の場合、ロシア国内でまずPCR検査をして陰性を確認。去年の世界選手権個人総合でメダルをとったロシア体操界のエース、ニキータ・ナゴルニー選手は、モスクワを出発して10時間。まず、空港の選手団専用のスペースで、つばを吐いて提出した。PCR検査よりも早く結果が出る抗原検査だが、人によって唾液を出すのはひと苦労。スタッフも含め全員の陰性が確認されるまで1時間半かかった。中国選手団は便が制限されているため、通常の便に同乗せざるを得なかった。移動中に空港や機内などで感染しないように、防護服を着て移動。大連の空港から3時間余り、食事には一切手を付けず、トイレにも立たないまま着陸を待った。
空港を出てホテルに入っても選手団には厳しい行動制限が待ち構えていた。選手は全員外出禁止。ジムやプールなどホテル内の施設も利用できない。ロシアのナゴルニー選手は、「生まれて初めて東京に来たのに、一歩も外出できないなんてクレイジーだよ」。食事の会場は選手団ごとに区切られ、会話もできない。大皿を分け合うビッフェ形式ではなく、小皿に分けてある。ナゴルニー選手は練習不足でベスト体重から4㌔オーバーだったが、部屋でシャドウボクシング、バスルームをサウナのようにして減量した。「本番では、サウナやプールを使えるようにして、環境を整えて欲しいですね」。PCR検査は毎日受ける。朝食の合間に検査会場に呼び出され、鼻の奥に綿棒を差し込まれ、粘膜の一部を採取される。「もうちょっと柔らかくやっていただきたいです」との声も。中国の選手たちは、来日前からPCR検査を受け続けてきたため、鼻に炎症が起きている選手も少なくなかった。
内村は「どうやったら五輪ができるか、みなさんで考えてください」
日本選手団はホテルに入る2週間前から、隔離生活を送ってきた。連日のPCR検査も行われた。内村航平選手が、いったん陽性とされた後で陰性となり「偽陽性」と診断された。最初に陽性反応が出た時点では、日本選手団に広がっていれば、日本の出場は取りやめにする、とされた。再検査の結果が出るまでの2日間、日本選手団は練習を中止せざるを得なかった。内村選手は、「もう正直、最初に陽性と言われたときは、絶対ウソだと思いましたね。ぼくが陽性と出てしまうと、これだけいろんな人に迷惑というか、影響があるんだって知れた。でも、1%か2%の可能性をひいたのはぼくなので、そこはすごく申し訳ないなって気持ちがみなさんにはありましたね」という。
観客は2000人に絞られ、間隔をあけて座った。開会式では、内村選手が「きょうはみなさんに、声を出して応援はできないかも知れないですけれど、立ち上がって歓声をあげたいくらいの演技ができればいいなと思っています」。ナゴルニー選手は「来年のオリンピックは、どの選手にとっても人生でいちばん大切です。安全に開催できることを、この大会で世界に示したい」とあいさつした。
調整不足の影響か、失敗も目に付いた。しかし、ナゴルニー選手は6種目すべてで乱れのない正確な技を見せた。「偽陽性」に翻弄された内村選手は、特別な思いで演技に臨んだ。「迷惑をかけた形になるので。他の選手が持っている使命感とかよりも、人一倍、百倍くらいですかね。ここで良いパフォーマンスを出せないと、そもそもオリンピックにもつながらない。演技でみんなを引っ張っていく」。鉄棒で、東京五輪のために磨いてきた大技、H難度の「ブレットシュナイダー」を決めて見せた。去年の世界選手権金メダルの記録を上回る高得点だった。
感染者を1人も出さずに幕を閉じた今大会の閉会式で内村選手は東京五輪への思いを訴えた。「日本の国民のみなさんが、オリンピックはできないんじゃないかと、80%を超える人たちが思っているというのが、非常に残念というか、しようがないのかな、とも思うんですけれど。できないじゃなくて、どうやったらできるかをみなさんで考えて、どうにかできるように、そういう方向に考えを変えて欲しいなと、ぼくは思います」。
五輪開催の条件として、東北医科薬科大の賀来満夫・特任教授は「世界の感染状況が安定する」「日本の医療が逼迫していない」ことをあげる。今大会は、「1競技30人」の参加だったが、東京五輪では「33競技で約1万人」が参加する。このほかにも、PCR検査を毎日できるのか、観客をどれくらい、海外からも受け入れるのか、偽陽性や陽性者が出た場合にどう対応するのか。課題は山積している。
※NHKクローズアップ現代+(2020年11月17日放送 「東京五輪は開催できるか~コロナ後初の国際大会 舞台裏~」)
文・栄