総額16兆円を超す巨額の国家プロジェクト・核燃料サイクル事業をめぐり、6年前の2014年、東京電力社内で疑問の声が出ていたことがNHKの独自取材でわかった。
核燃料サイクル事業は、全国の原子力発電所から出る使用済み核燃料を再処理しプルトニウムなどを取り出して、ウランと混ぜたMOX燃料(混合酸化物燃料)に加工して原発で再利用するもの。1956年に構想が立ち上がり、電力各社が出資する国策民営企業の日本原燃が青森県六ケ所村で再処理工場の建設を2022年の完成に向けて進めている。
2011年の福島原発事故で状況は大きく変わった
しかし、工事はこれまで燃料プールの水漏れや廃液施設の不具合などで21回延期になってきたうえに、2011年に福島第一原発事故も起こり、状況が大きく変わった。東電社内で疑問が提起されたのは、2014年1月に開いた取締役会だ。毎年行う日本原燃との契約更改に「支払金が追加の安全対策などのため数百億円増える」と報告された。それまでは「しかたない」ですませてきたのだが、社外取締役から「事業を担い続けられるのか」「核燃料サイクル事業を本当に推進する必要があるのか」との問題提起がなされた。
2011年の福島第一原発事故の中で持ち上がった議論と同じで、東電は結局、事業継続の方針を変えなかった。執行役側にすれば「寝た子を起こすなという心境だったろう」と語る関係者もいる。取締役会には当時の日本原燃社長が呼ばれ「事業の見通しは立った」と強調したが、「それを聞いても危ういと思った。信用できなかった」と元幹部はNHKの取材に証言した。福島第一原発事故で巨額の財務負担がつづき、さらに当時は家庭用電力料金自由化の寸前で、電力事業の変革期でもあった。
もう一つ、MOX燃料の価格が一般燃料の5倍もすることも問題だった。元幹部の1人によると「まだ動かないものに多額の費用を出したら株主に説明できない。このリソース(資金)を福島第一原発の廃炉に振り向ける方がよいとの意見も出た」という。
一方で、青森県の施設には使用済み核燃料3000トンがすでに運び込まれた。日本原燃と青森県の間では、使用済み燃料を再処理できない場合は、全国の原発に送り返す取り決めがある。そうなれば、全国原発の貯蔵スペースはやがていっぱいになって、原発が止まる恐れもでかねない。
経済産業省はこのとき、新たな枠組みを作ることで核燃料サイクル事業を維持しようとした。2014年12月に電力会社に資金拠出を義務付けることを決めた。「経済性だけでははかれない」というのが経産省の言い分だ。
原爆材料の大量保有に米政府がストップをかけてきた
そこから数年の間に東電内で問題提起した社外取締役は退任したが、その後も総事業費の見直しは行われていない。原子力委員会の元委員長代理、鈴木達治郎・長崎大教授は「核燃料サイクルの合理性や経済性に疑問があがったのは大事なこと。もう一度、選択肢について議論する機会だと思う」と指摘する。
日本原燃が今年(2020年)8月にも安全対策費に7000憶円を追加し急ピッチで建設を進める再処理工場は、フル稼働すれば年間800トンの核燃料を再処理できる。そこで生み出されるプルトニウムは7トン、これは原爆約800発に相当する。これを原料に作るMOX燃料は全国16から18基の原発で消費する予定だったが、福島第一原発事故後に規制基準が厳格化されたため使えるのは4基だけ。大量のプルトニウムを消費しきれない状況が出てきた。
一方、米国政府が強い警戒心を抱き始めた。原爆材料にもできるプルトニウムの大量保有を認めれば他の国も「自分たちも」と言い出しかねないことを懸念したためだ。それを受けて、日本政府は2018年、稼働可能な原発で使える量しか再処理しないことを決めた。重要な政策変更だが、国内議論よりも米国からの問題提起に動かされる体質をはしなくも露呈した。こうしてサイクル事業のフル稼働は、米国からストップをかけられた形となった。
龍谷大学の大島堅一教授が再処理事業費の内訳を分析すると、建設費や人件費など大きくは減らせない項目が90%近くに上るという。これで稼働率が下がれば「再処理事業は非常に高くつく。合理的とは言えない。このまま進んでいいのか考えた方がいい」と大島教授は指摘する。
使用済み核燃料の処理には、地中深く埋める直接処分の方法もあるが、議論もまだ十分されていない。1956年に構想がスタートした核燃料サイクル事業は、半世紀を経て曲がり角に来た。それでもなお推進するというのならメリットとデメリット、税金や電力料金の国民負担までもふくめた情報公開と国民的議論が必要だろう。
※NHKクローズアップ現代+(2020年10月15日放送「調査報告 核燃料サイクル」)