ハート型の鼻を持つミックス犬マロナの生涯を、手書きをベースとした独特なタッチで描いたアニメーション映画。東京アニメーションアワードフェスティバル2020でコンペティション部門長編アニメーショングランプリを受賞した。
血統書付きの父とミックス犬で優雅な母との間に生まれた子犬は、9番目に生まれたことから「ナイン」と名付けられた。ナインは生まれてすぐに家族から引き離され、曲芸師の青年マノーレの手に渡り、「アナ」という名前を付けられる。貧乏でも最大級の愛情をマノーレから注がれていたアナは幸せな日々を過ごしていた。しかし、曲芸師として成功するというマノーレの夢の達成を自分が邪魔をしていることに気づいてしまったアナは、彼のもとを去る決心をする。通りをさまよっていた彼女は、大工のイストヴァンに拾われ、「サラ」という新しい名前をもらう。イストヴァンからはかわいがられたのに対し彼の家族からはひどい扱いを受けたため、サラは逃げ出し、公園で少女ソランジュと出会う。彼女から「マロナ」という最後の名前を与えられ、マロナは家族一人一人と絆を深めていく。
曲芸師マノーレの描写に「動く前衛芸術」の魅力
そんなマロナが交通事故にあうという結末から映画は始まる。死期を悟ったマロナの生涯を辿る旅が本作のコンセプトだ。明確に犬の視点から見た人間世界という打ち出し方で描かれるため、カラフルで変幻自在に動く人々たちが出てきても、犬からはこんな風に見えているのかと妙に納得ができてしまう。
本作の最大の魅力である「動く前衛芸術」のようなその手法は、見て感じて頂くのが一番だと思うが、分かりやすいのが曲芸師マノーレの描写だ。曲芸師の衣装である黄色にオレンジの縦じまが彼の動きや感情に合わせて変幻自在に動き回る。クネクネと動く縦じまに絡み取られたマロナを彼は抱き寄せ、クルクルとプロペラのように空へ舞い上がる。曲芸師という職業を最大限生かした魅惑的な表現に満ちている。
そして、本作に出てくる人間の中で最もマノーレの動きがしなやかに描かれているのは、彼がマロナを最初に愛してくれた人間であり、マロナがもっとも愛した人間だからだろう。人間にとっての「夢」は、ときに犬にとっては「不安」となる。犬は決まったことが好きなのに対し、人はもっといいものを欲しがる。このズレが、彼とマロナを引き離した。マロナが彼の幸せを思って夜中にそっと家を出るシーンは淡々と描かれている分、グッとくる。淡々と描かれることこそが大事なのだ。
犬にとっての幸せと人間にとっての幸せが重なる「愛」
なぜなら、これは犬の視点を映像にした作品であり、ここを出なければいけないことが分かったら犬は淡々とそうする。彼とマロナとのシーンはどれもアニメーションならではの表現に満ちた素晴らしいものだったが、特にこの別れのシーンは人間的な感情に動物的な行動が寄り添っている分、不思議な説得力にあふれていて、その後の躍動感に満ちたラストまでの布石となっている。
本作は、アーティスティックな表現の魅力もさることながら、犬の視点で見た人間社会を巧みに切り取った物語にも引き込まれる。犬にとっての幸せと、人間にとっての幸せは異なるものだが、重なる部分はやはり「愛」なのだろう。そんなシンプルな回答は、劇場を出た人々の世界をほんの少しだけ変えてくれるかもしれない。ぜひ大切な人と一緒に見て欲しい。
シャーク野崎
おすすめ度☆☆☆☆