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夫が55歳の若さで亡くなってから30年間歌っていない、ちあきなおみ。彼女の「紅とんぼ」でも聞きながら酒を飲みたい

   さて、ちあきなおみという歌手がいる。彼女は、夫の郷鍈治が55歳の若さで肺がんで亡くなった1992年に、「主人の死を冷静に受け止めるにはまだ当分時間が必要かと思います」という自筆のコメントを出し、以来、芸能活動を休止してしまった。まだ44歳だった。

   夫が眠っている六本木の寺の近くに住み、月命日にお墓参りする姿が、時折報じられるだけで、一切メディアには登場していない。現在72歳になる。

   新しく編集されたCDはたびたび発売され、テレビも時々彼女の特番を流す。今や美空ひばりと並ぶ伝説の歌姫になったちあきだが、肉声は全く聞こえてこない。

   新潮は、彼女の最後のマネージャーだった古賀慎一郎が『ちあきなおみ 沈黙の理由』(新潮社)を出版したのを機に、古賀に、郷が亡くなった時のちあきの様子や、彼女に「ちあきさんは本当にもう歌わないんですか」と聞いたときのちあきの言葉を聞き出している。

   有名な、郷の亡骸が荼毘に付されるその瞬間、「私も一緒に焼いて!」と絶叫したという話について、古賀は「そうした記憶はない」という。だが、ちあきは、棺の横で郷の顔を見つめて「ごめんなさい......ごめんなさいね」と何度も繰り返し話しかけていたことは覚えているという。

   もう歌わないんですかと聞いたとき、ちあきは、「私が郷さんと一緒にやってきたことが、間違いではなかったと分かったはずです。もう無理して歌わなくていいよ......郷さんもそう言っていたんです」といった。

   続けて、「郷さんを死なせてしまったのは私なんです。私が殺したんです」といったというのだ。

   古賀によれば、郷はスター俳優だったのに、それを捨ててちあきの個人事務所の社長に就任し、ちあきの盾として芸能界というムラ社会と闘って、ちあきを守ってきた。

   そのストレスが、郷の心身を蝕んでしまったのだと、ちあきは考えていたというのである。

   今は、テレビを見たり買い物をしたりする日々だという。趣味はヨガと、意外なことに格闘技観戦だそうで、「ヒクソン・グレイシーが好き」だそうだ。

   自分の歌の中で好きなのは「霧笛(難船)」、好きな歌手は友川カズキ。今夜は安酒を呑んで彼女の「紅とんぼ」でも聞こうか。

元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任。講談社を定年後に市民メディア『オーマイニュース』編集長。現在は『インターネット報道協会』代表理事。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)『現代の“見えざる手”』(人間の科学社新社)などがある。

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