2011年、政変に伴う激しい内紛が続くバングラディシュ。チェスが得意な8歳の少年・ファヒム・モハンマドは、親族が反政府組織に属していたことに加え、チェスの大会で勝利を重ねていたことへの嫉妬が原因で、一家は脅迫を受けるようになっていた。
ファヒムの命の危険を感じた父親は、ファヒムを連れてフランス・パリへ脱出。 パリでファヒムはチェスのトップコーチのシルヴァンと出会い、厳しい指導を受けながら、チェスのフランス全国大会に挑むことになる。
フランスで実際に起こった実話に基づいた人間ドラマ。この手の映画は観る前から結末がわかっているようなものだが、各登場人物の心理が丁寧に描かれていて、ラストまでだれることなく、期待以上の感動があった。
浮かび上がる世界の移民問題に胸が痛い...
ファヒムがチェスの大会で天才的なテクニックで相手を負かしていく場面はもちろん爽快ながら、それ以外はごく普通の少年という一面も漏らさず、忠実に描いているのにはとても好感が持てた。たとえば、渡仏して数か月でフランス語をめきめき習得し、友人も作り、フランスの生活に素早くなじんでいくファヒムに対し、父親のヌラは、言葉はわからない、仕事も見つからない、移民申請もうまくいかず、いつまでたっても挨拶は「ボナペティ」だと思っている。
母国では勇敢な消防士として活躍した父親だったからこそ、息子にとって余計にショックが大きい。だから、つい父親に苛立って、フランス語で「マヌケ!」という陰口がファヒムの口を突いて出る。さりげないシーンながら、それはいかにも反抗期を目前にした少年らしく、なんだか微笑ましい。
一方、父・ヌラに軸足を置いてみると、この映画をまた違った角度から分析することになる。チェスや友人などの逃げ場があったファヒムとは違い、強制送還から逃れるために人目を避けた生活しか選択肢がなかった父・ヌラの存在は、いま世界各地で起きている移民問題の現実そのものだ。この父子にとって息子のチェスの才能が生きていくための唯一の手段だったわけだが、実際はそんな才能がある人はほとんどいないわけで、移民にはさらに厳しい現実が待ち受けている。そして、これはいまやヨーロッパだけでなく、日本でも似たようなことが起こっているのかと思うと、なおさら胸が痛い。
実在の父子はいま、滞在許可を得て仏に暮らす
ファヒムが通うチェスクラブの女性事務員・マチルドがラジオ番組の中で仏首相に問うた、「この国に〝人権〟はあるのか? それとも〝人権はある〟と宣言しただけなのか?」という言葉が忘れられない。
現在、父子はフランスの滞在許可証を得て、フランスで暮らしているのだそうだ。公式ホームページには実在のファヒム・モハンマドのインタビューが掲載されているので、鑑賞後はぜひ読んでみてほしい。チェスの知識がなくても問題なし、あらゆる年代にお勧めしたい佳作だ。
バード
おススメ度 ☆☆☆☆