コロナの時代にエンターテインメントは必要なのか。日本を代表する演劇集団「劇団四季」は、その問いと向き合い続けている。緊急事態宣言を受け、2カ月間の自宅待機を経て、公演再開に向けた稽古は6月、厳戒態勢で始まった。集まった俳優たちは、稽古場を消毒し、マスクやフェイスシールドを着用しながらの稽古が始まった。
俳優たちは自宅待機の間、自分たちはなぜ演じるのか、存在意義は何なのか問い続けていた。「マンマ・ミーア!」でドナ役を演じる江畑晶慧は「舞台に立てるということは当たり前のことではないんだなと痛感した。自分がどれだけ舞台を愛していて、舞台に立ちたいという気持ちが心の底から出てくるようだ」と話した。
舞台からの飛沫、特殊装置でを科学的に検証
しかし、稽古を再開する一方で、劇団は創立以来最大の危機に陥っていた。1000本以上の公演が中止に追い込まれ、損失額は85億円に上っていた。年間3000公演、300万人を動員する日本最大級の演劇集団・劇団四季は、終戦から8年後、当時学生だった浅利慶太が9人の仲間と共に立ち上げた。浅利のあとを引き継いだ吉田智誉樹社長は「お客様の前で芝居を見せて収入を得るという仕組みはこんなに脆いものなのかと。道を見つけるしかありません」と決意を示した。
俳優たちが公演再開に向け取り組んでいた演目は「マンマ・ミーア!」。つらい時があっても人生は素晴らしいというメッセージが込められた演目だ。スカイ役を演じる竹内一樹は「医療従事者の皆さんがリスクを負って闘っている中、僕たちは何もできていないというもどかしさがあった」と吐露した。俳優たちは、どう演じれば観客に伝わるのか、議論を重ねた。
吉田社長は独自に劇場内のリスクの検証を行うことにした。専門家の助言のもと、特殊な装置で飛沫の可視化を行い、俳優の飛沫が客席に飛ぶことによる感染リスクを検証した。無風状態の部屋で俳優が本番と同じ声でセリフをしゃべると、飛沫の多くは真下に落下した。4メートル先に設置した観客を模したマネキンには届いていなかった。一般の人の発声と比較すると、俳優のほうが飛沫の量や飛距離が控え目だったのだ。東海大学教養学部の梶井龍太郎教授(声楽)によると、日常生活の会話と舞台での発声は息の使い方に違いがあるとして、「一般的に日常会話などで使うのは、肋骨を広げることで行う胸式呼吸。一方、セリフや歌のほとんどを息継ぎなしで発声する俳優は主に腹式呼吸を使う。飛沫も少なくなる」と言う。
実際に公演で使用する劇場でも同様の検証すると、舞台の高さや空気の流れが影響し飛沫が浮遊している可能性が出てきた。検証結果から、舞台に近い数列を空席にするなどの対策を取ることにした。
公演再開まで1カ月、劇場での稽古が始まった。本番の舞台ではマスクもフェイスシールドもできない。俳優同士が密になることで生じる感染リスクをどうするのか。吉田社長に元俳優のスタッフは「リスクを冒して俳優に芝居をやってもらう覚悟はあるのか」と元俳優のスタッフは疑問を投げかけた。吉田社長は「公演前に俳優には意志を確認してもらう。そしないと仕事ができない」とつらい選択をした。
そこに、東京・新宿区の小劇場でクラスターが発生した。演劇界に厳しい目が向けられることになった。劇団は舞台に立つ俳優全員に毎月1回、PCR検査を実施することにした。最大限の対策が必要と考えたからだ。だが、それでもリスクはゼロにはならない。