かつては世界的映画監督として活躍したサルバドール(アントニオ・バンデラス)は、慢性的な脊髄の痛みから身も心も疲れ、生きる目的もなく隠居生活を送っていた。痛みに耐えるだけの無為な生活の中で、彼は幼少時代をよく回想し、とくに母親との思い出に浸る。その母もすでに4年前に他界。死ぬ間際の母の願いを叶えてあげられなかった後悔も、サルバドールをずっと苦しめていた。
ペドロ・アルモドバル監督による自伝的な人間ドラマ
そんなある日、昔に仲違いした俳優のアルベルトからなにげなくヘロインをもらったことで、サルバドールは何かにつけてヘロインに助けを求めるようになる。そして、封印していた自伝的な脚本「中毒」をアルベルトから舞台化したいと迫られ、ヘロイン欲しさについ承諾してしまう。しかしアルベルトによる一人舞台「中毒」が上演されたことを機に、この物語の登場人物である昔の恋人と数十年ぶりに再会。これをきっかけに、監督としての再起を決意する。
『オール・アバウト・マイ・マザー』(98)、『トーク・トゥ・ハー』(02)などのペドロ・アルモドバル監督による自伝的なエピソードを織り交ぜた人間ドラマ。第72回カンヌ国際映画祭で主演男優賞受賞。6月19日公開。
サルバドールの年齢は60代にさしかかったくらいだろうか。病院にも行かず、マネージャーの助言も無視し、働きもしないでヘロインにはまってばかりの、つまりはどうしようもない老人。しかし、昔のギラギラ感はどこへやら、今やすっかり〝枯れたオジサマ〟なアントニオ・バンデラスが演じると、これが絶妙に上品かつセクシー。まったく嫌味がない。貧しさに負けず強く生きるサルバドールの母親を演じたペネロペ・クルスもしかりで、まさにキャスティングのマジックと言えよう。
また、サルバドールが幼少期を過ごしたバレンシア地方の青い空と白い家々の風景や、現在のサルバドールの美術館のように洗練された自室など、印象的な色彩が物語全体を包み込んでいるのも特筆すべき点だ。まるで美しいおとぎ話を見せられているような雰囲気で心地よかった。
辛い過去と向き合うことから始まった、とある男の再生の物語。中盤まではヘロイン中毒になりやしないかとヒヤヒヤしたが、そうなることもなくサルバドールがまた前を向いて歩き出せて良かった。おとぎ話の最後のページをそっと閉じるようなラストシーンもいい。
バード
おススメ度 ☆☆☆☆