今なお世界中の文学ファンを魅了して止まないフランスの文豪ヴィクトル・ユゴーの長編小説を、英BBC放送が連続ドラマ化し、2018年から19年にかけて全8話のシリーズとして放送された。その後、米国でも放送されて大反響を呼んだ連続ドラマが、NHKで15日(2020年3月)から放送されている。
食うに困ってパン1つを盗んだ罪で19年間も投獄された貧しい枝下ろし職人ジャン・バルジャンは、世の中への恨みとすさんだ心を持ったまま刑期を終えた。しかし、たまたま立ち寄った町で慈悲深い司教と出会い、改心して正しく生きようともがき続け、ついに聖人として最期を迎えるまでの生涯が、19世紀フランスの歴史とともに描かれている。
「レ・ミゼラブル」というと、1985年にロンドンでミュージカルとして上演されて大ヒット、2012年にはヒュー・ジャックマン、ラッセル・クロウ、アン・ハサウェイ主演でミュージカル映画も製作された。そうしたミュージカル版「レ・ミゼラブル」の影響から、最近では「愛の物語」のイメージが強いが、原作は違う。
底辺の惨めな人々(レ・ミゼラブル)の物語だ
フランス文学者の鹿島茂氏よれば、原作の基本にあるのは「不平等社会への怒り」だ。ユゴーは1848年、2月革命により第2共和制へ移行したフランスで国会議員となった。その時に目にしたのが、富裕層が好景気でますます裕福になっていく一方で、逆にますます貧しくなっていく底辺の惨めな人々(レ・ミゼラブル)の存在だった。格差を前提とする社会構造への怒りから、ユゴーは聖人、囚人、貧しいお針子、そしてその娘がそれぞれ主人公の4つの物語からなる「レ・ミゼール」を書き上げた。
その後、大統領となったレオ・ナポレオン(ナポレオン1世の甥)がクーデターにより独裁的権力を手に入れて帝政を復活させ、自らを皇帝ナポレオン3世と称するに至った。ナポレオン3世を激しく糾弾していたユゴーはベルギーへの亡命を経て、イギリス海峡に浮かぶ英領チャネル諸島に移住した。
その地でユゴーは、1815年にナポレオン1世率いるフランス軍がイギリス・オランダ連合軍などに敗れたワーテルローの戦いやパリを血の海にした2月革命などの出来事を「レ・ミゼール」に盛り込んで大幅に書き換え、19世紀フランス社会の不平等や不条理を描き出した壮大な叙事詩を完成させた。それが1862年にベルギーで出版された「レ・ミゼラブル」だ。
だが、ご安心あれ。歴史ドラマ制作には定評のあるBBCだけに、堅苦しいばかりのドラマとはなっていない。原作の基本を忠実に守りながら、手に汗握るサスペンスや胸が熱くなる人間愛の物語も丁寧に描き込まれている。15日放送の第1話を見逃した人も、第2話から見てもすぐにのめり込めること請け合いだ。若き日にこの長編小説にチャレンジして挫折した人も、これを機会に原作を再読してはいかが。
再び鹿島氏によれば、世の中の不平等が拡大したとき、「レ・ミゼラブル」はまるで神話のように復活するという。
ロンドンでミュージカルが上映された1985年の英国では、サッチャー政権の新自由主義政策によって社会福祉が打ち切られるなどして貧富の差が拡大した。2012年に米英合作で映画が製作されたときの米国では、その前年に上位1%の富裕層が富の4割を所有することに抗議する「ウオール街を占拠せよ」運動が起こっている。さて今年、NHKで放送される日本と世界は......。(日曜夜11時放送)
寒山