アメリカ大統領選挙で、共和党に強い影響力を持つロビー団体が、全米の保守派を集めて開いた戦略会議で、各州の代表から有権者が何に関心を持つかの報告がつづいた。人工中絶、銃規制、減税・・・。「同性婚やセクハラも争点です」「プラスチックストローの禁止は有権者にうけがよくない」と議論百出だった。
代表のグローバー・ノーキスト氏は「身近な争点をいかにすくい上げるかがカギだ」と語る。「大きな問題よりも、有権者は生活に影響するところで投票する傾向があります」「有権者に普段どんな悩みがあり、何にいら立っているかを知ることが重要です」と強調する。
議会内で開いた勉強会で、ノーキスト氏の部下が挙げたのは、電子タバコの問題だった。愛好者は全米で1000~1400万人という。「規制すべきだ」という議論があり、トランプ大統領も去年9月(2019年)、「アメリカ人が不健康になることを放置できない」と規制の方針を発表した。
ロビー団体は30州以上で聞き取り調査し、「愛好者にはいま切実な問題で、彼らの票は見逃せない」と、票離れの懸念をトランプ陣営に伝えた。すると、発表の2週間後、トランプは方針を取り下げ、法制化への署名を見送った。ノーキスト氏は「その柔軟性こそトランプ大統領の強さで、とくに接戦州では勝敗に直結する」と話す。
前回の大統領選挙でトランプ氏が1万票差で辛勝したミシガン州の電子タバコ愛好者は、「前回は投票しなかったが、今回はトランプ大統領の考えが気にいった」という。
選挙に弱い共和党議員たちはトランプ頼み
アメリカ政界では、いま共和党議員が選挙で頼れるのはトランプだけという。「ほとんどの共和党議員が労働者の票をとれるのはトランプ大統領だけだと考えています。議員たちは権力維持のために選挙で敗れるリスクを負いたくないのです」と、ヤングスタウン大学のポール・スラシック教授は解説する。
アメリカ政治が専門の中山俊宏・慶応大学教授は、「共和党のトランプ党化」を指摘する。トランプは人々の不満や怒りを刺激するのが上手で、「そのプロセスを通じて、党内のだれも抵抗できない状態を作り出した」という。
移民問題や中東政策といった内政外交の大きな案件では、支持・不支持はあまり動かない。「まず自陣営を固めて、小さな案件を積み重ねていって勝つ戦略をトランプチームはやっている」と中山教授は分析する。
保守側最大の支持基盤はキリスト教福音派だ。トランプ陣営は福音派が求める政策を実行してきた。その福音派の有力紙がトランプ批判を展開すると、すかさずトランプは現職大統領として初めて、福音派の人工中絶反対集会に顔を出し、「出席できたことを誇りに思う」とぶち上げた。
国民を分断して批判派を攻撃するのがトランプ流
好調な経済も後押ししている。法人税の大幅引き下げや金融機関への規制緩和もあり、ダウ平均株価は大統領就任時の1・5倍に上がった。
これに対して、民主党は候補者選びの初戦となるアイオワ州の党員集会でピート・ブティジェッジ氏が躍進した。NHKの油井秀樹ワシントン支局長は「知性と安定感を感じさせたことがトランプ氏と対照的で、評価につながった」と評した。
中山教授はこう指摘する。「トランプ氏は分断を政治力学に利用し、アメリカの亀裂は深まりました。これまでの大統領は、亀裂を乗り越えることを掲げてきましたが、トランプ氏は修復そのものに関心を持たず、亀裂を使って敵を作り出すことで、それを自陣営動員のツールにしてきました」
これからは、無党派層と民主党基盤である黒人や女性票を意識した活動を強めるとみられる。
*NHKクローズアップ現代+(2020年2月6日放送「"強いトランプ"舞台裏の戦略~どうなる米大統領選~」)