デジタルマネーが社会を大きく変えようとしている。ある家族は、もう1年ほど現金を使っていないという。光熱費の支払いはスマホ、夫の小遣いはLINEペイ。「もう現金の生活に戻れない」と妻は話す。
ガス会社「日本瓦斯」で営業を担当する社員は、1日に10軒ほどの顧客を訪問するが、そのつど駐車場代や収入印紙代などの経費を立て替えていた。営業所に戻ると、立て替えのレシートを提出して、経理担当者はそれを取りまとめて本社に送る。社員に経費が振り込まれるのは月に1回だった。
こうしたわずらわしさをなくすため、デジタルマネーを導入した。スマホでレシートの写真を撮影するとAIが金額と項目を読み取り、データが本社に送信される。経費は1週間ごとに社員のスマホに入金される。精算のために営業所に戻る必要もなくなり、事務作業の時間が短縮し残業時間が減った。
経理担当者の業務も変わった。これまでは営業担当者の提出するレシートを台帳に貼り付け、通し番号を振って一覧表に入力していた。デジタルマネーを導入したことで、作業時間が月に20時間以上も減り、その時間で新たな業務ができるようになり、「全体の効率が上がった。革命です」と担当課長は話した。
福岡市は税金、住民票、ゴミ出しをLINEでOK
住民サービスにデジタルマネーを導入した自治体もある。福岡市は2年前にLINEと提携し、デジタルマネーで住民票の発行や税金の支払いなどが行えるようにした。去年7月(2019年)からは粗大ごみの処理手続きにも取り入れた。それまでは、粗大ごみの種類や個数を伝えて収集日や金額を確認し、コンビニなどで処理券を購入して出していたが、申し込みから完了まで1つのアプリで完結するようになった。決済時に発行された受付番号を書き、ゴミに貼って出すだけだ。電話での問い合わせは2割減り、処理券を配備するコストや窓口の人員削減にもつながっている。全国の140自治体がすでにLINEと契約しているという。
賃金の支払いにもデジタルマネーが導入されるかもしれない。法律で現金や銀行振り込みに限定されている賃金を、デジタルマネーで受け取れるようにするのだ。その規模はおよそ240兆円とも言われ、IT企業のサービスがさらに拡大する可能性がある。
デジタルマネーにはリスクもある。銀行預金なら1000万円まで全額保護されるが、デジタルマネーにはそんな仕組みはない。企業次第で還元率や手数料などのルールを変えられる可能性もある。こうしたリスクについて、野村総合研究所エグゼクティエコノミスト・木内登英氏木内氏は「法律で銀行並みの規制を入れていくことで解決できる」と指摘した。