富士山頂から生配信中に滑落死した「テツ」寂しすぎる47年の人生・・・司法試験に落ち続け、SNSは「過疎放送」、大腸がんステージ4

建築予定地やご希望の地域の工務店へ一括無料資料請求

   動画は衝撃的だった。雪の富士山頂の様子をネットで生配信していた男性がスリップして、「滑る!」という声とともに映像は雪の斜面を落ちていき、やがてフリーズした。男性は1000メートル滑落して、2日後に遺体で見つかった。

   男性が富士山に登ったのは10月28日(2019年)。登山口についた午前10時半から動画のネット配信を始めていた。午後2時前、八合目。配信を見ているリスナーと話していた。「孤独や恐怖はない?」「大丈夫。東京にいたほうが孤独だもん、俺の場合。滑るなここ」「怪我しないように」「了解」

   そして午後2時半頃、山頂に到着する。一面の雪景色や雲海などを写したあと、「ここ危ないね」「滑る!」と発して、男性の足が宙を舞う様が写った。男性はピッケルやアイゼンはおろか、まったくの軽装だった。ネットでは、「自殺しにいった?」「登山をなめてる」「命をなんだと思ってるのか」と非難が起きた。

東京・西早稲田の4畳アパートに明け方までついていた灯

   男性はネットの生配信サービスにたくさんの動画を載せていた。「TEDZU(テツ)」と名乗っていた。どこの誰だかわからない。リスナー仲間が、映像の解析から東京・西早稲田のアパートを突き止めた。テツは47歳で、4畳の部屋で一人暮らし、家賃は2万5000円だった。

   大家の話では、友達の出入りもなく、仕事をする気配もなかった。明け方まで明かりがついていることが多かったという。部屋には、司法試験の参考書があった。10年以上も弁護士を目指して、勉強していたのだ。友人だという人が現れた。60代の男性で、かつて司法試験の予備校で2人で勉強会をしていたという。「誹謗中傷されるような男じゃありません。やさしくて、人につくすタイプ」という。

   テツは愛媛県の生まれだった。大学受験に失敗して上京し、アルバイトで貯めた資金でアメリカに留学した。戻ってから、大学で法律を学んだ。しかし、成績は伸びず、不合格が続いた。

   テツの生配信サービスには190万人が有料登録している。ただ、人気のある配信は少なく、ほとんどはわずかなリスナーしかなく、「過疎放送」と呼ばれるのだという。接点のあった木村直弘さん(35)は、「テツさんのは面白くないんです。リスナーも他に1人くらいしかいなくて」という。木村さんは司法試験に落ちて引きこもりになって、昼夜が逆転するような生活の中で、テツの「過疎放送」に出会ったのだそうだ。「テツさんも不安を持って生きてた」という。

   テツの部屋で、50代の配信仲間「わくわくさん」が遺品の整理を手伝っていた。「(富士山で)テツさんが落ちた」と警察に伝えたのもわくわくさんだった。映像を解析して住所を割り出したのも彼だった。

数少ないリスナーのリクエスト「雪の富士山見たい」に応えるため無謀登山?

   遺品に病院の診察券やCT画像が大量にあった。テツは昨年、ステージ4の直腸がんの告知を受けていた。がん研究会有明病院の映像もあって、「世界で3本の指に入るがんセンターです」「ステージ4でも切らずに治せる時代になった」などと配信していた。

   病院から自転車で帰り道に、生配信でリスナーとかわしたのやり取りが見つかった。リスナーが「雪の富士山見てみたい」という。テツは「見たい? もう雪降ってるかな。今まだ寒くない。パッと行ってパッと帰れば、死なずに済む。そんなに寒い思いをしないで帰れる」と言っていた。テツが富士山の雪を踏んだのは、その5日後だった。

   映像で見る限り、初冬には珍しく、風もなく穏やかでやさしい日差しの富士山だった。厳しい風でも吹いていたら登ろうとしかっただろう。不幸な巡り合わせだったのかもしれない。

NHKクローズアップ現代+(2019年12月18日放送「なぜ男は冬富士に向かったのか?~ネット生配信の先に~」)

文   ヤンヤン
姉妹サイト