いまや2人に1人ががんにかかるが、告知された瞬間は誰でも大きく落ち込む。多くの人はやがて落ち着くのだが、この間が「魔の不安定期間」といわれ、そのときの心理がその後の治療に影響するという。
がん患者の3分の1は現役世代である。工務店を営む鈴木修一さん(46)は、今年7月(2019年)に日本医科大学病院で肺がんを告知された。ステージⅢA 期。すでに手術では切除できない状態だった。「早いなあ。復活して乗り越えていかないとと、もうそれだけでした」と振り返る。病気、仕事、家族とどう向き合ったらいいかで頭がいっぱいになった。
結婚1か月の妻、珠実さん(48)は「生きていてほしい。助かるかもの気持ちと、いなくなってしまうかもの気持ちが本当にせめぎあいました」と話す。2人に医師の久保田馨教授は「治す目的で頑張っていきましょう」と語りかけた。
鈴木さん夫妻にとって、不安ばかりの日々が始まった。告知の5日後、修一さんは死を意識し、先の見えない不安の中で、「このあと家族をどうしよう。仕事をどうしよう。ろくに何も残してやれないじゃないかと思った」と話す。「治す目的で」という医師の言葉だけが頼りで、「いい感じで帰ってくると、まずはそれだけでした」という。
告知から1週間後に入院し、抗がん剤と放射線治療が始まった。吐き気などの副作用はつらく、気持ちがなえた。「ずっと寝ているか、気持ちが悪いと言っているかのどっちかの感じでした。イライラしていました。私も意欲を失いかねない状況でした」と珠実さんは語る。
心を落ち着かせてくれたのは、症状について医師から「がんは少し小さくなった。白血球(の数)は下がりやすい時期だが、大したことはない。だるさはエクササイズみたいな効果もあります」と、経過や見通しを何度も説明してもらったことだった。
入院1か月。最初の抗がん剤治療を終えた。久保田教授は患者が治療を理解し納得できるかどうかが、経過を大きく左右するという。「悪い知らせだと、どんな話も頭に入らないことが多いんです。ちゃんと理解し、確認してもらって、そのうえで安全な治療ができる」
5~10%がうつ病、10~30%は適応障害
5年前に乳がんと告知された50代の主婦は、医師とのコミュニケーションがうまくいかず、うつ状態に陥った。毎日、死の恐怖と直面したが、不安を医師に相談できなかった。「先生は言葉の少ない方で、ズバッとおっしゃり、『はい、次』という感じでした。もう少し話したかった」という。うつ状態が悪化し、適応障害で2か月間入院した。国立がん研究センター調べによると、がんを告知された患者の5~10%がうつ病を経験し、10~30%は適応障害が認められるという。
鈴木修一さんを不安にさせたものに、情報の検索がある。これからどんな抗がん剤を投与されるのか、つい検索してしまう。「20%しか効果がない」「重篤な副作用」と、ネガティブなことばかりに目がいき、再び気持ちがゆらぎだした。「やっぱり死ぬんだなあ」とまで言いだした。
珠実さんから相談を受けた中道真仁医師は、話をする場を設けた。「検索した情報とは、薬も使い方も違う。副作用は出ますが、頻度は少ない。治す治療なのでなんとかやりたい」と説得した。珠実さんは「起こりえる出来事を全部本人に教えた方がいいし、家族も理解していないといけないと思いました」という。
修一さんは新たな抗がん剤治療を納得し、2週間に1度の投与を1年間続けることにした。「今も不安がないことはありません。気になることがあったら、先生に話そうと思っています」と考えている。