今、動物園や水族館のSNS戦略が進んでいる。伊勢シーパラダイスで厄払いのために来館者の背中を叩くセイウチ、上野動物園のパンダ・シャンシャンが、母親にひざカックンをしかける瞬間、盛岡市動物公園にフェンスにしがみつき壁のようになるアナグマたち...。思わずほっこりしてしまう映像ばかりだが、その背景には来園者の減少と奮闘する飼育員や広報担当者の思いがある。
たった2頭のアザラシを保護している北海道紋別市のアザラシシーパラダイスでは、「もっと多くの人に見てほしい」と、毎日のように映像をSNSに投稿している。今年(2019年)4月には首をひっこめて胴体に顔を埋める(?)アザラシの日和ちゃん(5)の映像がネット上で話題に。さらに、仰向けで自分のおなかを高速で叩くアグくん(31)の姿も評判を呼んだ。オープニングの2015年には約1300人の来場者数だったが、今年はすでに約4800人が訪れている。
閉館の危機に陥った水族館がとった捨て身のSNS戦略
高知県の桂浜水族館は5年前、9人中5人の飼育員が退職し、経営難に陥り閉館の危機に。そこで捨て身の戦略に出たのが企画広報の森香央理さん(29)だ。SNSに「お願いです、遊びにきてください。お客さんがいなさすぎてこのままでは給料がでません!」と飼育員が土下座する自虐ネタや、「たまにイケメンが水槽に展示されています」と水槽の中を洗う飼育員の画像を投稿したところ、メディアにも取り上げられた。
今の森さんのテーマは「飼育員と動物の愛」。アシカショーでも、ショーではなく、ショーの後の飼育員とアシカがふれあう姿をカメラにとらえた。アシカがのけぞりながら飼育員にキスする愛に溢れる画像は1日で1500件の「イイネ!」がついた。来館者も閉鎖の危機にあった2014年の7万9723人から今年(2019年)には10月までの合計で9万203人と増えている。飼育担当の丸野貴也さんは「スタッフにファンがものすごく付くんです。『会いにきました』『僕にですか?アシカじゃなくて』みたいな」とニンマリ。
「カバのASMR」で大反響
投稿に工夫し、驚きの再生回数を記録した施設も。長崎バイオパークでは一瞬でスイカを丸ごとかみ砕くカバのド迫力映像が大人気だ。「グシャ!シャク、シャク、シャク」とスイカを咀嚼する音も面白い。動画タイトルに英語の表記も付けると、アクセスが一気に伸びた。
さらに若者に人気のワード「ASMR(脳がゾクゾクと快感を覚える音という意味)」を付け足すと、再生回数1億回を突破した。営業部の神近公孝さんは「1日25万から30万回くらい再生される。広告収入もそれなりに入るので助かっています」とホクホクだ。
近藤春菜(お笑い芸人)「飼育員の方にファンも付きますし、動物の魅力も伝わってくる。SNS上だけで満足させないで、『生で見に行きたい』という気持ちを駆り立てる、ぎりぎりのラインを読んでいます」
前田裕二(実業家)「SNSのコツをよくとらえています。1つはモノよりヒトということ。富士サファリパークという場所よりも、人間や動物です。もう1つは完成品ではなく未完成なものだということ。人は完璧なアシカショーよりダメなアシカショーが見たいのです」