オリンピックのマラソンと競歩は札幌開催に決まった。武田真一キャスターは「オリンピックは誰のものかが問われます」と問題提起した。IOCは「アスリートファースト」を強調し、選手の命と健康を守るとして、コーツ調整委員会委員長は「東京より800キロ北で気温が5から6度低い札幌なら安全にレースを実施できる」とした。
スポーツ倫理学が専門の早稲田大・友添秀則教授は、「五輪の価値とは何かを考える必要がある」という。「(棄権選手が相次いだ)ドーハのようでは、命をかけたサバイバルゲームになってしまう。ここでストップをかけないといけない。死者が出れば、五輪の持続的発展はありえないとの危機感もあったのでしょう」と推測する。
IOCが心配した「東京強行ではトップ選手が次々出場取りやめ」
オリンピックの競技会場は開催都市と実際の運営を担当する大会組織委員会が協議したうえで、主催者のIOCに提案するボトムアップ方式で決まってきた。それを今回はIOCの一存、トップダウンであわただしく行った。
「観客のいないドーハの異様な光景を東京で繰り返したくなかったという決意の表れ」と友添教授は見る。東京なら早朝スタートでも観客ゼロとはあまり考えにくいが、ドーハよりも蒸し暑いといわれる東京開催を強行したら、参加を取りやめるトップ選手が続出する心配は大きかった。寂しいレースになることは目に見えていたのだ。
さらに、日本の早朝はアメリカ東部では夕方だ。多くはテレビを見ている時間ではない。こんなレースでは、IOCに巨額の放送権料を払っているアメリカのテレビ局が納得するわけがない。
巨額予算使って開催するうまみなし
元マラソン選手の増田明美さんは「IOC決定のタイミングがわるすぎましたよね。次のパリ大会以降の発展につなげてほしい」という。
2004年には11都市がオリンピック開催に立候補したが、24年の開催に名乗りをあげたのは5都市で、しかも3都市が途中でとりやめた。残ったパリとロサンゼルスが24年と28年の開催都市になった。32年はどうなるかわからない。
いまや、オリンピックは巨額の予算をかけて開催するほど魅力あるイベントではなくなっているのだ。東京が失敗すれば、「持続」の危機に陥る。「黄色信号が点滅する状態で、一つの都市、たとえばアテネでずっと開く考え方もあります」と友添教授は解説する。
スポーツ部の原口秀一郎・IOC担当デスクは「国をまたいで既存の会場を使うとか、夏の開催時期を変えるとかの可能性はあります。一方で、(主催都市の)東京が置き去りにされたという不信感が、これからの開催都市選定にマイナスの影響もあるのではないか」と指摘する。都市開催というオリンピックはもう無理ということだろう。
*NHKクローズアップ現代+(2019年10月31日放送「東京五輪マラソン・競歩"札幌開催"の波紋」)