自分の精子を見ず知らずの女性に提供するというボランティアがあるそうだ。不妊や選択的シングルマザー、同性愛者カップルなど、子どもが欲しいのに、どうしても子どもを産めない人たちが利用するという。社会学者の古市憲寿キャスターが取材した。
40代のサラリーマンの智彦さん(仮名)は、悩んでいた知人に頼まれたのがきっかけで、5年前から精子提供のボランティアを始め、これまでに約15人の「子ども」ができた。自分の妻と子どもには内緒だ。
精子提供は、男性が殺菌した容器に自分で精子を採取し、受け取った女性は針のない注射器を使って自ら膣内に注入する「シリンジ法」というやり方で行われる。医療機関は通さない。提供前に相手の女性と何度か面談を行い、「遺産相続の権利がないこと」「秘密の厳守」「費用や責任を負担しない」「互いの生活に一切の干渉をしない」という契約書を交わす。
「私としては『素材の感覚』です。大学院を修了しており、スポーツでも成績を残しているなど、(精子としての)能力に自信もあります」と智彦さんは話す。精子提供によって誕生した子どもに会うこともあるが、「とくにどういう気持ちというのはないです。(自分の子どもだという意識も)ないですね。お子さんの人生そのものは、その後の家族のものなので」という。提供したいという気持ちではなく、「時間と時間の間にできる活動ということで見つけた活動」にすぎないのだという。
日本産婦人科学会は個人間の精子提供は認めず
現在、第三者の精子で妊娠を図る非配偶者間人工授精(AID)が行われるのは、日本産婦人科学会に登録された一部の医療機関のみだ。智彦さんのような個人による精子提供に法的な決まりはないが、日本産婦人科学会では認められていない。
一方、これまで国内のAIDの半数以上を担ってきた慶応大学病院は、昨年8月(2018年)、患者の新規受け入れの停止を発表した。生まれた子どもの「出自を知る権利」が世界的に認められるようになり、ドナーが激減してしまったのだ。「たとえば、AIDで生まれたお子さんが30年先に現れて、『財産を分与してください』『扶養してください』という可能性があるというところが、ドナーにとってリスクなのでしょう」と田中守・慶大教授が明かす。
こうした背景が、精子提供ボランティアの増加につながっているとみられている。はらメディカルクリニックの原利夫院長は、性病などの感染症のリスクのほか、「同一提供者からの精子が多ければ、血縁関係での結婚が起きてしまうことも心配されます」と指摘する。
26歳の和人さん(仮名)は精子提供を4年前から行っており、43人の「子ども」がいる。妻にボランティアのことを告げると、泣いて反対されたというが、4カ月前に妻との間に子どもが生まれたのを機に、新規の受け付けはしていない。「そもそも、僕が人としてどうなのという話になってきて、私の提供で生まれた子どもたちの人格が疑われるのは悲しいので」と話していた。
生まれた子供が「出自を知る権利」
古市「『精子はあくまでも素材である』という言葉が印象的で、たしかに、困っている女性やカップルがいる時に、だれかを助けてはいると思いました。考えなければいけないのは、生まれてくる子どもの権利です。だれの立場に立つかによって、どうすべきかが変わってくると思いました」
三浦瑠璃(国際政治学者)「精子を提供したいという男性の気持ちはよくわからないですが、(AIDは)お金もかかるし、順番もなかなか回ってこないというなかで、これを利用する女性の気持ちはなんとなくわかる気もします。子どもが欲しいという感情は、女性にとっていきなり天から降ってくるような感情なので」
司会の小倉智昭「子どもが欲しいというのは、一途な願いだから、子どもが生まれた後にどんな要求をするかなんて、考えられないんでしょうねえ」