80歳にして再びメガホンをとったローチの怒り
12月に公開されるローチ監督の最新作で描いた主人公は、本社とフランチャイズ契約を結ぶ宅配ドライバーだ。個人事業主だが、過酷なノルマなど制約の中で働かされる。妻はパートタイムの介護士。過密なシフトに振り回され、満足な介護ができずにいる。そんななか、家族の絆が壊れていく。
是枝「新作を拝見すると、登場人物たちは、なぜ自分が不幸な状態に置かれているかということには気づいていません。ただ幸せになりたい、家族と一緒に暮らしたいと思っているだけなのに」
ローチ「多くの人々が不安定な雇用状態に置かれています。この映画で描こうとしたのは、こうした『労働者が本来持つべき力を失っている現実』と、それが『家族に与える壊滅的な影響』です」
80歳を超え、一時は引退も考えたというケン・ローチ監督が、再びメガホンを手にしたのは、労働者が置かれた不安定な状況への怒りだった。制作にあたっては、現役のドライバーや介護士に綿密な取材を重ねた。
ある宅配ドライバーは「1日15時間働く日もあり、休憩もとれない。平均時給は700円程度」と話した。ローチは「こんな社会になったのは、大企業の間の激しい競争が原因です。少しでも儲けようとすれば、安い労働力が必要で、そのために労働者の立場がますます弱くなってしまった」と話す。
寂れた炭鉱の町で、未来に希望を持てずに生きる少年の姿を見つめた初期の名作「ケス」以降も、過酷な労働環境で働く日雇いの建設作業員など、社会的に弱い立場にある人々を描いてきた。3年前のカンヌ映画祭でパルムドールを受賞した「わたしは、ダニエル・ブレイク」では、行政の冷たい対応が助けを必要とする人たち追い詰めていく姿を描いた。