ジョージ・W・ブッシュ政権で副大統領を務め、9.11テロ直後のアメリカをイラク戦争へ引きずり込んだ影の大統領、ディック・チェイニーにスポットをあてた社会派エンターテイメントである。
1960年代半ば、酒癖が悪く成績も底辺のためイエール大学を追われた青年チェイニーは、恋人のリンから発破をかけられ一念発起。下院議員ドナルド・ラムズフェルドのもとで政治のイロハを学び、類まれな処世術で大統領補佐官、国防長官の職を歴任し、副大統領の座まで上りつめた。
チェイニーを演じたクリスチャン・ベールは、「マシニスト」でミイラのように激痩せしたかと思うと、その半年後には32キロ増やして「バッドマン・ビギンズ」の撮影に臨むなど、徹底した役作りで知られる。今回も体重を20キロ増やし、細かい癖も研究して演じている。
演説は下手、娘は共和党ではタブーの同性愛
冷徹のイメージの強かったチェイニーに血が通い、どこか愛すべきキャラクターになっている。ブッシュ大統領、ラムズフェルド国防長官も、この映画では非常に魅力的だ。権力の魔力にとりつかれた哀れさのようなものがにじみ出ている。彼らの哀れさを笑い飛ばすことが批判になると、人気バラエティ「サタデー・ナイト・ライブ」出身のアダム・マッケイは分かっている。
チェイニーは家族にも翻弄される。影の大統領と呼ばれているのに、実は妻のリンの操り人形であった。演説下手という政治家として致命的な欠点も、リンの助力によって乗り越えていく。娘は同性愛なのだが、チェイニーの所属する共和党ではタブーである。
政治家としてのキャリアをとるか、家族をとるか。狭間で揺れながら、世界を戦争に巻き込んでいく。クリスチェン・ベールの細かな芝居で、権力の魔力に引き寄せられていくチェイニーを丁寧に描写し、アダム・マッケイの型破りな演出で政治の世界を描く、そのバランスがこの映画の最大の魅力だ。