東京・渋谷駅前の路線バスは、この4月から朝の7時台と9時台で便数を減らした。深夜バスでも午前1時5分だった最終便が午前0時50分へと15分早まった。こうしたドル箱路線の減便は、全国各地で進んでおり、NHKが全国124のバス事業者を調査したところ、この1年間で東京都で85便、福岡市12便、広島市17便、京都市51便、仙台市46便、札幌市56便など合計421路線で減便されていた。
影響はさまざまな場所に表れている。6本あったバスが5本になった地域に住む女性は、乗るバスが6分遅くなったことで乗り継ぎが狂い、出社が30分遅れることになった。いつも通学の高校生で満員になり、乗り切れないこともある東京・小平駅の路線バスは、通学時間帯の便数を10本から8本に減らした。学校では、バス利用者は10分遅刻してもよいという新ルールを作って対応している。
バス会社の社長 自ら1日8時間運転
混雑時間帯のバスをなぜ減便しなくてはならないのか。バス会社の山本宏招社長は「人手が足りないんです。車はあるのに、運転手がいない。いくら募集をかけても集まらないです」と頭を抱えている。時刻表通りにすべての便を運行させると、運転手が割り当てられない便ができてしまう。山本社長は自ら1日8時間バスを運転して人手不足を補っている。
関西のバス会社の人事担当者は、人手不足で経営が揺らぎかねないという。この会社では、去年1年で1割の運転手が退職し、運転手の流出を防ぐために給与をアップしたが、「労務倒産というか、人件費で会社が潰れる」と悲鳴を上げる。
元路線バス運転手の男性は、需要が高まっている外国人観光客向けの高速バスの運転手に転職し、年収が100万円増え、「停留所で止まったり、客を降ろしたりするストレスがなくなり、楽になった」と話す。
山本社長がスタジオで実際の数字を交え、実情を話した。観光バスの売り上げは8万円で、人件費・燃料費などの経費は3万6000円。粗利は4万4000円になる。路線バスは粗利が775円しかない。売り上げは2万2000円で、経費が2万1225円かかるからだ。「路線バスが儲からないのは、人が乗っていなくても走らせなければならないからです。運転手も1人では済まない。早朝・深夜の運転になれば、割り増し賃金を支払わねばなりません」(山本社長)
桜美林大学の戸崎肇教授は「バスの問題はこれまで地方に限定されていましたが、いまは都会の減便も深刻になっています」と解説した。
のんびり「路線バスの旅」もうムリ?
京都市は民間のバス会社に市バスの運営を委託することでコストを削減し、税金の支出を抑えてきたが、去年11月(2018年)、委託していた民間会社6社のうち2社が撤退・縮小を表明した。撤退したバス会社の社長は「委託バスは高速バス事業に比べると、ほとんど利益がなかった」という。専門家からは運賃の値上げもやむを得ないという意見も出ているが、それも簡単ではない。
山本社長は「公共交通なので、値上げには国土交通省の認可が必要になります。それには、値上げの根拠を示す必要があり、手間も費用も掛かる細かいデータを作成し、提出しなければならないんです」と言う。都営バスが平成7年に200円にした運賃を210円に値上げしたのは、20年後の平成26年だった。戸崎教授は「10円の値上げも大変です。しかも、10円の値上げでは優秀なドライバーは雇えないし、劇的な改善にはならない」と指摘する。
東京都は4000万円をかけて自動運転バスの実証実験を行った。福岡市のバス会社はビッグデータを活用して路線バスの見直しを始めている。だが、ITの導入は多額の費用が掛かる。もはや、「運賃を上げる」か「利便性を諦める」かの二者択一しか残されていないほど、バス問題は深刻だ。
戸崎教授はこう提案する。「バス事業者の自助努力に任せるのではなく、高齢化社会への先行投資として、国がバス予算を増やすことがあってもいいのではないでしょうか。バスは生活に密着したラストマイルを担っています」
*NHKクローズアップ現代+(2019年4月9日放送「ドル箱路線が次々と 都市の路線バス減便の衝撃」)