日本の食品ロスは深刻だ。新品のまま、あるいは食べ残しで捨てられる食品の総量は、年間646万トンという。アジアではワーストワン、世界では6位。政府は食品ロス削減推進法案の成立を急ぐ。だったら、「そのロスを食べちゃおう」と、NHKのディレクターが挑戦したら、面白い結果が出た。
占部稜ディレクターは30歳、独身。いつも外食で月の食費が5万円。それが、捨てられる食品だけを3週間食べたら、どれだけ食べられるか。食費はどれだけ節約できるか。手がかりは、昨年(2018年)からサービスが始まった「食品ロス削減アプリ」である。加盟する食品販売店が廃棄予定の商品を出品する。ユーザーは月額1980円で登録して、欲しい商品とマッチすれば、毎日2回まで注文できる。
占部ディレクターが出品リストから選んだのは、電車で30分の東京・西荻窪にある老舗パン屋さんのパンやジュースだった。「こんな時間(午前11時25分)なのに廃棄するんですか」「きのうのです。きょう中は食べられます」とのことだった。夕方の争奪戦は激しく、アプリにめぼしいものがない。「節分の残りの豆3袋」というのを見つけて、北千住まで40分。小さなスーパーだった。自宅に帰って、ボリボリと豆を食う。翌朝も豆。昼はめぼしいものがなく、食事抜きに。
2日目の夕方は弁当を見つけた。午後5時前に弁当は廃棄を決める。そこで、「イタリアン・チーズハンバーグ弁当」をゲットした。3日目は「豚しゃぶ弁当」と「エビフライ弁当」と楽勝だったが、4日目の土曜日は弁当の出品がない。サラリーマン向けだから、休日は作らないのだ。
大阪では登録すると居酒屋で余りもの特別メニュー
あらめて調べてみると、加盟店140店はほとんどが個人商店だ。大手チェーンはないのか。高山哲哉アナが大手10社に聞くと、「安全性」「ブランドイメージ」「消費者へのリスク」などの理由で、アプリには参加しないという。
ノンフィクション作家の石井光太さんは、「途上国では、余ったものは富者から貧者へ、さらにストリートチルドレンから犬にまでいきわたりますが、日本ではそれができないんですね。ルールやコンプライアンスが進むと、腐ったものは出せない。食品ロスが出る構造になっているんです」と指摘する。
慶應義塾大の宮田裕章教授は「欠品のリスクより、余らせた方が儲かる仕組みがあります。フランスでは法律で、企業は(食品ロス削減に)取り組まないといけないことになっています」と説明する。
高山アナは別のアプリを使って、大阪の居酒屋を訪れた。このアプリは定額の2980円で、登録されている飲食店で、余った食材を使った特別メニューの食べることができる。高山アナは焼きそばを作ってもらった。串かつ店ではメニューが120種類もあった。「アプリに出品すると、捨てるものが減るし、新たな客の呼び込みにもなる」と話す。さすが食い倒れの街だ。
家庭の食べ残しチェックで食費6万円が浮いた
食品ロスの45%、289万トンは家庭の食べ残しで、これをチェックするアプリもある。何を捨てたかを記録し、どうすれば捨てずに済んだかを考える。これをうまく使って、年間6万円の食費を浮かせた例もあるという。
では、占部ディレクターの3週間の「ロス食品生活」の収支はどうだったのか。「痩せたみたいだけど、大丈夫」と武田真一キャスターから突っ込みが入る。弁当やランチで作り過ぎたものを半額で出す割引サービスや、メーカーや卸から廃棄間近のカップ麺などをゲットできる通販サイトなどを利用し、最終的に、ロス食品19キロを食べ、食費は5976円、体重は4キロ減り、かかったのは交通費3577円だった。
占部ディレクターは「ロスをなくそうと思ったら、ライフスタイルから変えていく必要がある」と話す。石井さんは「ロスを止めることがかっこいい、というような雰囲気を作っていきたい。エコはかっこいいんだと」
商品の賞味期限に関して、「3分の1ルール」という食品業界の商慣習がある。賞味期限の残りが3分の1をきると廃棄してしまうのだ。ある倉庫には、まだ食べられるのに廃棄を待つ食材が、20万点も眠っていた。
食品ロス削減のアプリは、消費者にも食品業界にも行政にも「三方お得な」妙手に見える。とりわけ大阪のがいい。あの焼きそば、食いたくなった。
*NHKクローズアップ現代+(2019年4月3日放送「食費が激減!?"食品ロス"だけで暮らしてみた」)