歌手で俳優の内田裕也さん(享年79)の「ロックンロールお別れ会」がきのう3日(2019年4月)に、東京・青山葬儀場で行われ、芸能界の友人とファン約1000人が参列した。50年来の付き合いだという堺正章の弔辞が聞かせた。
「裕也さん、お疲れさまでした。あなたは良き手本であり、悪しき手本でもありました」「古希の誕生日の会の時、お前が司会だと、やらされて、アントニオ猪木さんがいたので、気合を入れてくださいといったら、お祝いだからやめてくれたらいいのに、バチーンとやりました。あなたは、小さな声で、シェキナベイビーといった」
「『俺、30年ぶりにくらっとしたよ』『30年前は誰に殴られたんですか』『樹木希林に決まってるだろ!』」「あなたの波乱万丈の人生、僕らは真似できない素敵な人生だったと思います」「天国に行くのは俺は嫌だ。地獄の方が似合うとか、そんなふうにいわずに天国へ行って、奥様と会って、今まで埋められなかった時間を埋めてください」
最後は「Just Rock'h Roll」
会場には花でピラミッドとエベレストと富士山が作られていた。これ、内田がライフワークにしていた「ニューイヤーズ・ワールド・ロックフェスティバル」の第1回のポスターのモチーフだ。そのポスターは希林の自宅にずっとかかっていたといい、今開かれている希林の回顧展にもあった。祭壇にはまた、愛用のステッキも。
ようやく同じお墓に入った2人だが、希林さんはこういっていた。「あの世では同居? そうね。でも骨だから、しゃべることはないから、ムカッとはしないでしょう」
お別れの言葉を語った娘の内田也哉子は「最後は彼らしく送りたいと思います。『fuckin' YUYA UCHIDA, Don't rest in peace(安らかに眠るな) Just Rock'h Roll(ただロックンロールを)』
しばらく拍手が続いた。女優の浅田美代子は「お迎えに来たんだともいます。希林さんが。1日でも長く裕也さんより生きるとおっしゃってたんですけどね。なんで?っていったら、『あんな人、置いていったら迷惑でしょ』って笑っておっしゃっていたのが印象的で、本当に『早くこっちへいらっしゃい』っていってる気がします」
義理の息子、本木雅弘は「予定不調和を生きてきた裕也さんが滞りなく会を終えたことで、ある意味奇跡だなとホッとしています。四十九日までは魂が浮遊していると思うので、悠々と桜でも見ているのでは」
リポーターから「最後にかける言葉は?」と聞かれ、「ロッケンロールしかないでしょう」
もしロッカー人生じゃなかったら・・・
司会の国分太一「もうちょっと渋い感じになるのかなと思いましたが、明るかったですね」
テリー伊藤(タレント)「正直言うと、裕也さんにはロックンロール以外の人生を歩んで欲しかった」
国分「どう言うこと?」
テリー「初めはアイドルで、次は人生に迷いながら、ロックに逃げた部分があったですよね。ショーケンが倉本聰さんと出会ったように、誰かと出会っていたら、面白い役者になっていたと思いますよ。でも、他人に身をまかせることができなかった。裕也さんの才能はもっと違うところにあったんじゃないかな。
いつも『独り相撲なんだよ』といっていました。また、樹木希林さんみたいな優秀な人と一緒にいたら、自分が死んじゃう。それを知っていたから、別居していたんだと思う」
話が深い。