全国200拠点で7000人の社員が働く損保大手のAIG損害保険は、4月(2019年)から転勤を廃止する。全国を11のエリアに分け、社員に希望の勤務地を選択してもらう。その後は、職場が変わることがあっても、90分で通える範囲に限られる。
これまで、人材育成やマンネリ、不正防止のため転勤は必要と考えられてきた金融業界で転勤を廃止する背景には、働く側の意識の変化がある。求人でも、転勤がないことが学生に選ばれるポイントの1つになってもいる。さいたま市の就職説明会に集まった就活生にアンケートを取ると、101人中61人、6割がが転勤のない会社を選んだ。
キリンは転勤5年猶予、サントリーは10年先の勤務地を話し合い
AIG損保の福冨一成執行役員はこう説明する。「ほかの会社と違う制度を持っていないと、いい人を引き付けられないということはあります。全国転勤を前提として考えることを見直さなければいけない。人事の中で、そんな覚悟ができたという感じです」
新制度はすでに動き始めている。損害サービス部門の幹部会議では、「6割の社員の希望が東京と大阪に集中し、地方のポストが埋まらない事態が発生している」という報告もあったが、AIGでは当面、2割いる転勤希望の社員を活用したり、地域採用社員を増やしたりすることで対応し、2年半かけて全員の希望を叶えるという。
このような制度はほかの企業でも進んでおり、キリンは転勤を最大で5年間猶予する制度、サントリーは5~10年先の勤務地や職種を毎年上司と話し合う制度が導入されている。
ゲストのサイボウズの青野慶久社長は、「(異動・転勤は)上司と本人が相談して、合意のもとで決めるのが基本です。無理して行かせても、本人が疲弊して辞めてしまうリスクもあります。社員の幸せ重視です」と話す。
採用時に働き方決めるジョブ型雇用
法律も変わりつつある。1986年には、転勤を拒否して懲戒解雇された社員が不当と訴えたが、最高裁で敗訴した。しかし、2002年の育児・介護休業法では「子の養育または家族の介護の状況に配慮しなければならない」(第26条)とされ、2014年の改正男女雇用機会均等法では、転居を伴う転勤に応じることを募集・採用・昇進の要件とすることが禁止された。
リクルートワークス研究所の大久保幸夫所長は「以前は、転勤は人材育成の機会と考えられ、昇進の条件と考えられていましたが、引っ越しのない普通の人事異動のほうが教育効果が高いというデータもあります」と話す。
青山社長は「企業のあり方も変わっていく」として、「人事権を上司が握る日本型のメンバーシップ型雇用から、採用時点でどこでどんな仕事をするかを決めて雇用するジョブ型雇用に移っていくでしょう」と解説した。
武田真一キャスター「転勤で妻が離職。申し訳なかった」
転勤は家族に与える影響も大きい。とくに深刻なのは、夫の転職による妻の離職問題だ。これまでNHKで4回の転勤を経験している武田真一キャスターは「26歳で最初に転勤したとき、妻は会社を辞めざるを得なくて申し訳なかった」と話すと、青山社長は「奥様のキャリアが中断されたと同時に、奥様の会社からすると、奥様を引き抜かれてNHKに営業妨害されたのと同じ」と指摘した。
そうした配偶者の離職を防ぐ取り組みを行う企業もある。山口県の銀行で働いていた30歳の女性は、夫の転勤で兵庫県に引っ越したが、いまは証券会社で役職も給与も前職と同じように働いている。数社が参加する転籍制度を利用したのだ。
各地に支店を持つアイザワ証券は、山口県の西京銀行、岡山県の笠岡信用組合、東京の第一勧業信用組合と提携して、引っ越し先に支店がない場合に提携企業で同等の職に就くことができるようにした。元の職場に戻ることも可能だ。社員の間には、自分のキャリアを切り開こうという意識も芽生え始めたという。
私鉄11社も「民鉄キャリアトレイン」と呼ばれる同様の取り組みが行われている。
青山社長「転勤がなくなるとは思えませんが、したくない人にさせるのはよくない。一人一人と向き合っていかないと採用もできないし、定着もしません。不人気企業になってしまう」
武田キャスター「経営者も大変ですね」
*NHKクローズアップ現代+(2019年3月12日放送「"転勤"が廃止される!? 働き方の新潮流」)