激しい言葉で客が店や企業に食ってかかるカスタマー(顧客)ハラスメントが深刻化している。「死ね」「土下座しろ」「クソみてーな対応するな」「追いつめてやる、覚えとけ」など恫喝まがいで、多くがネットにさらすことを脅しの材料にする。あまりの横行に国も調査を考え始めた。
労働組合の現場アンケートには、客からのクレームに苦しむ従業員の実態が浮き彫りになっている。「靴が見つからないからと、朝まで正座させられた」「弁当のたれがシートを汚したと、2万円請求された」「女性従業員にしつこく触るので警察に通報したら、ネットに店の名前を流された」など。クレームと消費者サービスの限界はどこにあるのだろうか。
レジで客を手伝うと「遅い」と2時間も暴言を吐かれ続ける
関西のスーパー。レジで客の買い物入れを手伝っていたら、中年女性客に「いつまでかかっている? おまえ、いい加減にせい」「わざと時間をかけているのだろう」と怒鳴られた。2時間にわたり暴言を吐かれ、上司が謝ってやっと帰ったという。
暴言とともに店側を悩ますのが、特定の人物からのクレームだ。写真スタジオの元店長は昨年(2017年)、結婚記念写真を撮った数日後に「写りがよくない」という電話を受けた。要望を確認しながら再撮影したが、しばらくしてまた電話。「イメージと違うじゃないか」と激しく言われ、パニック状態になった。謝罪し、撮影したデータを全部渡したうえで料金を返金したら、再び来店して3回目の撮影を無料で要求された。
上司の女性経営者は「スタッフが精神的に追い込まれないように考えないといけません」と話す。弁護士を立てると、この客からの連絡は途絶えた。
客のクレームから従業員が辞めるケースもある。「人前で暴言を吐かれると、気持ちの持っていきどころがありません」と小売店の管理担当者。人手不足も進む中だ。代わりの人材はなかなか見つからず、放置すれば企業のデメリットにつながりかねない。
米国出身のタレントでIT起業役員でもある厚切りジェイソンさんは、「ホワイ、ジャパニーズピープル?ですね。なぜ、そこまで対応するのか、わかりません」と首をかしげる。米国では聞いたことがないという。「米国なら店員が抵抗します。抵抗しても上司も誰も怒らない。日本は現場レベルで無茶な客を断れない」とあきれ顔だ。
SNS脅迫型のクレームも増えた。謝罪の模様を撮影してネットに投稿する、投稿するぞと脅す、ちらつかせる。これは強要罪や脅迫罪の可能性もある。カスタマーハラスメント保険も今年(2018年)4月から発売された。
消費者行動に詳しい池内裕美・関西大教授は「過剰サービスが当たり前になっていて、それをやるたびに消費者の期待が上がってしまう」と指摘する。客に提供する商品が似たり寄ったりで、その分をサービスで競う「同質競争」の弊害を挙げる専門家もいる。
クレーム対応コンサルタントの援川聡さんは「格差意識が広がっている」ことで、客イコール格上の意識が働く点もあるのではと推察する。「自分より弱い立場の人にぶつかる」というさもしい根性がありそうだ。店員と客が対等と考える米国では起こらない現象だ。
態度の悪い客から高い料金をとる居酒屋に称賛と批判
都内に5店舗を持つ居酒屋チェーンでは、今年夏から「お客様は神様ではありません」という張り紙を全店に出した。注文の仕方により「おい、生ビール」なら1杯1000円、「生、一つ持ってきて」は500円、「すいません、生ビールください」なら380円と表示した。
客と店員の関係に一石を投じるのが狙いだ。発案した蒲池章一郎さんは「自分の中に疑問に思う面がありました。考えるきっかけになってもらえればいい」と話す。ネットの反応は、賛否わかれている。菓子業界は各社ばらばらだった対応に共通の指針を作った。経営者の1人は「いきすぎのクレームかどうか、区別しながら対応していきたい」という。
厚生労働省は、カスタマーハラスメントの本格的な調査を検討しているが、課題は過剰クレームかどうかの線をどこで引くかだ。正当な主張ももちろんある。その芽まで摘んではいけない。
厚切りジェイソンさんは「約束以上の要求は断っていい。企業が約束以上のことはやらないことを自覚し、お互いに人間同士で接しないといけません」という。
クレームと過剰反応の悪循環。適正な対応はいうほど簡単ではないが、きちんと筋を通して進めるしかない。
※NHKクローズアップ現代+(2018年11月12日放送「暴言に土下座! 深刻化するカスタマーハラスメント」)
文・あっちゃん