過労死事件の多発から「ノー残業デー」だの「プレミアムフライデー」だの、働き方改革が話題だ。政府の改革案にはこの際、残業手当を企業優位に切り刻んでしまおうという怪しげな思惑が透けて見えるが、問題山積の現状を放っておいていいということにはならない。その典型が医療と教育の現場だろう。
国の実態調査によると、過労死ラインとされる月80時間残業を医師の40%が超え、20代と30代に限ると60%を上回るという。「対策は待ったなし」とは言いながらなかなか進まない中で、新潟市民病院が患者の受け入れ制限を始めた。重症患者の治療に専念し、医師の時間外労働をチェックする対策室も新設した。
医師としての自己研さんの時間は労働に入るのか?
きっかけは消化器外科の女性研修医(37)の自殺だった。この病院では休日や時間外労働を医師が手書きで自己申告するのだが、NHKが入手した病院の内部資料にはかけ離れた実態が浮かんでいた。
この女性研修医は20時までだったはずの勤務が実際には23時56分に病院を出たという記録がある。2015年4月から7月まで、4か月連続して実際の時間外労働が月80時間を超え、自己申告の3倍に達する月もあった。
帰宅した2時間後に呼び出されたこともある。さらに取材すると、実際に仕事につぎ込んだ時間は労基署の認定時間も上回り、手術の訓練や症例の学習で「異常な長時間労働になっていた」(齋藤裕弁護士)という。医師としての自己研鑽をどこまでを労働と見るかについては意見が分かれる問題だ。病院側は労働時間に含めていない。
諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師は「診ている患者のための自己研鑽なら明らかに業務だ。最後のところでラインを引きづらい」と語る。
現場の医師は匿名を条件に「すべてが自己申告、自己管理で時間の概念がなかった」と話す。女性研修医は朝7時半に出勤し、宿直をやり、翌日に手術を3件こなし、夜11時に帰宅していた。これで手術は大丈夫かと、患者サイドも心配になるぐらいだ。
鎌田さんは「地方の病院では結構あり得る状況だ」という。医師には求められれば診療を拒めないルールがあるところへ、中核病院に患者が集中しやすい。一方で最新の技術を学ぶ時間も必要だ。
こうした職業倫理はなにも医師に限らないのだが、医療現場では、これはもうはっきりと構造的な問題だ。精神論だけでは解決しない。一部の診療科で土曜診療を廃止したり、地域の医師に当直勤務を分担してもらったりする病院も登場している。
80時間残業の過労死ラインは医師だけの問題ではない。教員の世界でも、小学校教師の30%、中学校教師の60%近くがこれを上回る。
不審者、問題児の校区巡回で昼食が2分の教師も
生徒500人がいる大阪市立東中では、働き方改革への理解を求める通知文を保護者に送った。所定労働時間は午前8時半から午後5時だが、多くの教師が朝7時すぎには出勤し、7時40分から校区を巡回する。警察から不審者情報、地域の人からは生徒のマナー違反の声が寄せられるので放置できない。問題が起こりやすい休み時間にも校内を見回る。「職員室にずっといることができない」という。昼食を2分ですませることもあるそうだ。
部活の指導は、土日をふくむ勤務時間外に行う。教師全員がどこかの部活の顧問をしている。こうして、授業の準備を始めるのは夕方にやっと。それも役所に提出する文書作りにあてることもあり、校内の会議が開けるのは夜になる。会議後に必要なら関係生徒の保護者に連絡しなければならない。結局、授業準備は自宅へ持ち帰る教師がザラだ。
教師たちからは「ゆっくりとノートを見る余裕が欲しい」「休めば、生徒にしわ寄せがいく」と悲鳴に近い声がもれる。
大阪市教委は、夜間の電話対応を自動音声に切り換え、外部からの部活の指導員の支援も検討しているが、それでどこまで改善されるかは未知数だ。
時間管理がなじまない教師には、残業手当の代わりに月給の4%が支給されるが、それで時間は買えない。
元公立中学校長の藤原和博さんは「生徒指導までが日本では教師の仕事です。給食の食べ方や部活もそうで、事務量が増えていく」と語る。中でも部活は外部化すればいいというものでは必ずしもないが、教師の35%が50歳代の今、すでに外部の力を借りなければ、体力的にもたない状態だ。藤原さんは「とくに土曜にサポートしてくれる人が欲しい」という。
教育も医療も、労働時間だけでなく、それぞれの内容に立ち入って対応・変えていかなければ、どちらも崩壊しかねない過酷労働の実情にすでにある。現実は、「ノー残業デー」や「プレミアムフライデー」のはしゃいだ掛け声とはかけ離れた世界にしか思えない。働き方改革と現場の質の維持、どうバランスをとりながら改革していけばいいか、問題がつきつけられている。
※NHKクローズアップ現代+(2018年4月16日放送「病院・学校にも影響が シリーズ働き方改革 残業80時間超現場に密着」)