写真家・小松由佳。1歳になったばかりの息子・サーメルを小脇に抱え、ヨルダンに降り立つ。4週間の撮影の目的は、シリア難民を撮ること。日本では、シリア人の夫・ラドワンさんが待つ。シリアの砂漠で恋に落ちた2人が日本で暮らすことになったのは、今世紀最大の人道危機・シリア内戦の影響だった。家族と散り散りになり、ラドワンさんだけが由佳さんを頼る形で日本にやってきたのだ。
大変な状況だけれど、希望を持って生きる。生活が苦しいのは勿論だが、その部分だけを引き延ばして映したいわけじゃない。日本に住む自分たちと、何ら変わらない、日常の喜びを映したい。だからこそ、彼女の撮影は、話を聞くところから始まる。子だくさんの母の話を聞きながら、自分も息子のオムツを変える。難民の女性たちが読み書きを教わる場では、一緒に授業の席に座る。子連れ、女性。危険地帯では大きな弱点になるその姿が、すっと馴染む武器になる。どこにだって女性の暮らしがあり、子どもの無邪気さは変わらない。無論、サーメルはどこでも人気者だ。ぎゅっと小さな体を抱えると、自然と笑顔がこぼれる。
何度訪ねても、ほとんど言葉が返ってこなかった傷病者の住まいでも、活路になったのはサーメルだった。良く笑い、小さな足でよちよち歩く。転ぶ。這う。傷病者たちの顔に手を伸ばす。1歳の目には、偏見も恐れもない。車いすの車輪にぺたぺたと指を這わせる。思わず抱き上げた重症者に「サーメル」と名を教えると、自分がシリアで可愛がっていた甥っ子と同じ名前だ、と語り始めた。ただ自由がほしかっただけなのに、なぜ。ただ美しい国と家族が好きだったのになぜ。どんなに理不尽でもそれが現実であり、受け入れざるを得なかった人々の、諦念が落とす闇は深い。
シリアでは、難民となってから新たな暮らしが始められない男性も多いという。彼女の夫もまた、日本に来てからは鬱のような状態が続いたという。ただし、男が外で稼ぎ、女は家を守ると言うシリアの伝統的な家族にとっては、働き手がひきこもることは、深刻な財政危機を意味する。故郷を失い、肉親を失った先で、働く意欲を失くしたことをどうして責められよう。でも、夫が働かなくては、家は立ちいかない。
由佳さんの夫・ラドワンさんの長兄も、体制への反抗を理由に逮捕され、今も行方がしれない。長く続く戦いは、いつの間にか、戦局の大きな変化がない限り、メディアに取り上げられることすらなくなって行く。だが、内戦の勃発から6年以上が経った今も、収束は見えない。戦いでかき乱された人生が、癒される日は、さらに、さらに遠い。
大げさなナレーションはなし、あおりもお涙ちょうだいもなし。それでも、圧倒的なインパクトが残った。本当に恥ずかしいことだけれど、正直に言えば、忘れかけていた。遠くの国の、ずっと前から続いている内戦。そんなフィルターにくるんで、放っていた自分がいた。NNNドキュメントはやっぱり、日テレの宝です。
(放送2017年9月24日深夜1時25分~)
ばんぶぅ