敗走の兵の胸の内が叙情たっぷりに描かれる度、どこかに疑う気持ちがあった。喪失感、怒り、悲しみ、投げやり、慕情。そんなものより先に立つ思いがあるんじゃないか。生きて帰りたい思いと、モノのように人が死んでいく様を目の当りにする中でむくむくと大きくなる、死んだ方がましだという思い。
フランス・ダンケルクの浅瀬に追い詰められた英仏合同軍。陸地からは独軍が自分たちを包囲している。圧倒的な兵力の差を前に、史上に類を見ない大規模撤退作戦の令が出た。劣勢必至、迫りくる敵の目前で、40万人の兵を生かして帰す。至難の作戦だが、得られる戦果は華々しさとは無縁の「敗戦」に過ぎない。
独軍の爆撃からひたすらに逃げる陸軍の二等兵、兵士を救うべく英国からダンケルクを目指す民間船の船員。海岸に集まった兵を狙い撃つ独空軍と対峙する大英帝国空軍の腕利きパイロット。台詞は冒頭からほとんどなく、3つの視点がかわるがわる入れ替わる中で、最低限の言葉から状況が明らかにされていく。
陸地の敗走兵の目に映る「敗走」は地獄だ。ごった返す人波を突然に散らす爆撃、舞い散る砂浜の砂、魚雷が命中し突然水に覆われる視界。人の手をかき分け、安全に見える場所にどうにかしてしがみつき、体を横たえた瞬間に次の爆発が来る。何かを考える暇もない。ただし、常に最善の決断をしなければならない。常に目の前には炎や水、砂、そして静寂ではなく何も考えられない無が広がる。
戦闘機のパイロットからみる戦場は、リアルなのにどこか非現実的だ。敵機を撃ち落とすと、煙が白くたなびく。仲間との交信が途絶え、死を知る。手負いの機体と共に着水する寸前にもひどく静かだ。落下傘を出せず、よほどうまくやらない限り自分は死ぬ。その数秒後の未来が見えているのに、今この瞬間は収まりの良い椅子の中で、操縦桿を握り、着陸の手順をとっている。
3つの視点の中では一番内面に迫るだけの余裕があるのが、救助船の上だ。海は広く、ないでおり、時折頭上を行きかう戦闘機だけが戦地が近いことを思い知らせる。不穏なムードと、広い海原が突然死地に変わる恐怖。敵機に狙われたらひとたまりもない商用の遊覧船を率い、1人でも多くの若者を救おうと舵を取る父の気持ちとは。
映像の臨場感は言わずもがな。メインキャストですら名乗ることなく、変わり続ける視点に、リアルを極める戦場の画に、この映画の主人公は「ダンケルクの撤退作戦」そのものだということを思い知らされる。誰もが皆主人公である一方で、40万分の1のキャストに過ぎない。個々の抱える背景に寄り添う暇なんかない、今ここに起きている圧倒的な事象を追うだけで目が、胸が、追いつかない。陰鬱な空模様とカウントダウンのごとく刻まれる時計の音が、作戦の過酷さをより強める。とにかく生きて帰りたい。きっと負け犬と指さされる、それでも......。紅顔の少年たちに、祈りの気持ちがやみません。
ばんぶぅ