死にゆく自分を最後まで見つめた医師・日野原重明さん

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   先月(2017年7月)、医師の日野原重明さんが105歳で亡くなった。

   日野原さんは国内で初めてホスピス専門の病院を開設するなど終末期医療に尽力し、またベストセラーの著書や講演活動でも知られていたという。

   昨年(2016年)、105歳の誕生日には、東京五輪で聖火に火をともしたいと希望を語っていたが、それから体調を崩し、病床にあったという。

「亡くなるまでの間、日野原さんは自身の死とどう向き合っていたんでしょうか」(武田真一キャスター)

   「生涯現役」の医師として1000人の超す患者の死をみとり、「生とはなにか」「死とはなにか」「死をどう生きたか」を問い続けてきたという日野原さんも、当初は自身の死と向き合いきれずにいたそうだ。

やはり死は怖いという思いも

「まだ未知の部分で、自分が体験していないから、やはり不安と怖さがあるというようなことを言っていた。75年も臨床医をやってらして、人の死をたくさん見ても、やっぱり怖いという思いがあるんだなと」(日野原さんの次男の妻の日野原眞紀さん)

   その後、食べることも困難になり、延命治療をするかどうかの決断を迫られることになったという。主治医には、胃ろうなどの栄養補給は望まないと明確に意思表示し、自分の死を覚悟した形となったそうだ。

4日前も日課の体操やろうとした

   それでも、亡くなる3週間前には、自らが設立した団体「新老人の会」事務局に突然、電話し、「講演会に出たい」「行けるようにこれからリハビリをするから」と話したという。もう一度、人々に自分の思いを伝えたい一心で、歩くためのリハビリを続け、亡くなる4日前も日課の体操をしようとしていたそうだ。

   その一方、主治医には「死にゆく自分を観察してやろうという、それくらいの客観性と好奇心を持ち続けていたんじゃないか」(福井次矢・聖路加国際病院院長)とも見えたという。

   最期は、「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えて亡くなったそうだ。

「子どもたち1人1人にラストメッセージをちゃんと伝えていた。あなたがよくしてくれたことを感謝している。僕がいなくなって、あなたが一番、悲しむのはわかっている。でも、そんなに悲しまないでほしいと」(日野原眞紀さん)

クローズアップ現代+(2017年8月1日放送「"死"をどう生きたか 日野原重明 ラストメッセージ」

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