電通の新入社員だった高橋まつりさんが自殺したのは、おととし暮れ(2015年)だった。月平均の残業は最大で100時間を超え、ストレスからうつ病を発症していた。厚生労働省は違法残業事案として強制捜査を行い、検察庁は電通を略式起訴して罰金刑を求めた。しかし、裁判所は今月12日(2017年10月)、法廷で公開審理をすると異例の決定をした。これは何を意味するのか。
山本敏博社長はNこう話す。「人の時間は有限で希少なものだという認識が非常に希薄でした。責任の重さを痛感しています。社員の健康を守り、法令を守ることに、一刻の猶予も許されないと考えています」
月40時間以上の残業はレッドカード
働き方の見直しのモデルとなった営業局は、もともと労働時間に対する意識が低かった。入社15年目の渡邊雄平さん(36)は大口の顧客を複数抱え、忙しくなると会社の机の上で寝るのが普通だった。法律の基準を超える残業が1か月平均で1500件という職場だった。
その営業局でいま、半月の残業時間が30時間を超えると、イエローカードとして午後5時半の帰宅が義務付けられる。40時間を超えるとレッドカードで残業禁止となり、業務は部長に引き継がれる。長時間働く者を部署全体でフォローしようというのだ。社員名のボードには黄色や赤のテープが貼り付けられていた。
仕事の進め方も変わった。渡邊さんは午前7時半に出社し、早出社員用の無料の朝食をとってデスクにつく。午前中に集中して仕事を片付け、早めに帰宅。家族との時間も取れるようになった。とはいえ、退社は6時半と勤務時間はまだ長い。
企画書やプレゼンのやり方も変わった。競争に勝つために入念を極めた提案書づくりも、いまは共有のシンプルな雛形に変え、時間の短縮につなげる。不安はある。顧客の要望に応えられるか。負けたら終わりだ。
見えないところで「持ち帰り業務」
山本社長が発表した改革目標は、労働時間(残業)を再来年までに2割削減。社員・契約社員の増員。効率的な働き方を評価。PCによる作業の効率化だ。しかし、午後10時に会社を出てからも上司から指示が来たり、ファミレスや喫茶店、自宅で仕事という社員がいる。「全体の業務量が変わらなければ、状況は改善しない」「労働時間が減っても、仕事減らしが追いついてない」という声が聞こえてくる。
経営コンサルタントの髙城幸司さんは「働き方改革は生産性の向上なんです。これには3つの段階があります。まずは残業時間減らし。次が業務の見直し・効率化。最後が少ない時間で利益を生むビジネスモデルを作ること」という。「業界のリード・カンパニーが引っ張っていく必要があります。ヤマト運輸の配達時間の見直しがいい例で、あれで全体が変わりました」
殿様体質、利益優先できた電通にその器量があるかどうか。出てきた改革の青写真が「効率的な働き方を評価」「PCによる効率化」程度では心もとない。