昨年度(2016年度)の子ども虐待相談対応件数は約10万件で、10年前の3倍という。小児科医のグループが行った調査によると、その中に虐待で治療を受けた後、行き場がなくて病院にとどまる子供が、2年間で356人もいたという。厚生労働省も「全く想定外の事態」としている。
取材したNHKはこれを「虐待入院」と呼ぶ。親の暴力や育児放棄で保護された子供は、治療を受けた後は、児童相談所の判断で親元へ帰すか施設に入れるかを決める。そのどちらもできなかったのが「虐待入院」だ。調査は全国454の医療施設を対象に行われ、入院期間が1か月以上が3割もあり、最長は9か月近かった。年齢は乳児から中学生以上まであった。
関東地方の病院に虐待入院が半年近くになる赤ちゃんがいる。成長が遅れていたことから、食事を十分与えない育児放棄が疑われ、保護された。治療を受け、退院できる状態になったが、親はむろんダメ、乳児院も里親も見つからなかった。病院のスタッフが世話できるのは業務の合間だけだ。食事や入浴以外はほとんどベッドで1人でいる。担当医は心と体の発育への影響を心配している。
国の虐待防止政策にも関わる国立成育医療研究センター部長の奥山眞紀子さん(小児科医)は、「幼児の発育には、言葉掛け、おもちゃ、環境の変化といった刺激が重要です。病院では刺激が少ない。また、人は1対1の人間関係から人を信頼するようになりますが、それがないのは危険です。とくに赤ちゃんの6か月は長いんです」と話す。
養護施設はどこも満員・人手不足
なぜこんな事態が起こるのか。今回の調査では、児童相談所の対応に原因がある事例が多かった。愛知・尾張福祉センターは「すぐには受け入れ先が見つけられない」と説明する。県内43か所の施設の利用率は常に80~100%。「空くまで待つしかない」
背景に人手不足もある。相談件数は10年で3倍だが、児童福祉司は1.5倍だ。愛知のこのセンターには13人いるが、1人年間約50件の案件を抱える。親との面談、関係機関との調整には時間がかかる。「結果的に、年に数件、2週間程度の虐待入院が生じる」
受け入れる側の事情もある。埼玉・加須の児童養護施設は2歳半から18歳までの80人がいるが、「空きがあっても、条件が合わないことがある」という。厚労省は平成25年の「ケア形態の小規模化の推進」という通知で、「家庭的な雰囲気」でのケアを求めている。このため、年齢構成や子供の相性などを考慮しなければならないのだ。
NHKの村堀等記者によると、都市部では深刻な施設不足だという。東京では7か所の保護施設の入所率は100%超。首都圏、名古屋、大阪も厳しい。地方には空きがあるが、今度は、相談所の職員が面談に出向くのが大変になる。「虐待入院も数日程度は仕方がないのですが、1か月以上というのは大きな問題です。手間だからと十分に探さないのは怠慢です」と厳しい。
入院の中学生「学校に通えず病院で学習支援」
調査で浮かび上がった学齢期の子供も新たな問題だ。かつて8か月の入院を強いられた10代の少女は、親の育児放棄から「心身症」と診断され、中学生で入院した。退院できる状態になった時、相談所から「受け入れ施設が見つからない」と言われた。病院からでは中学にも通えず、病院で週3回学習支援を受けた。
「辛かった。当たり前だった学校も友達もなくなって、ずっと1人。寂しかった」と話す。ノートには「もうつらいよ。だれかたすけて。ずーっと一緒にいる人が欲しい」と書いていた。
厚労省は虐待で保護した子供の入院期間は最小限にすべしとしていたが、虐待入院の異常事態は想定していなかった。打開策はあるのか。奥山さんは「日本は海外に比べて里親が少ない。里親を増やすよう社会全体で取り組むシステムを作る必要があります」という。
正論かもしれないが、なんか腑に落ちない。そもそもなぜ虐待が起こるのか。育児放棄をするのか。その親の方を考えるべきではないのか。明治期に日本を訪れた欧米人は異口同音に、「これほど子供を大事にしている社会は見たことがない」と書いたものだ。歯車がどこで狂ったのか。その方が気になる。
*NHKクローズアップ現代+(2017年7月20日放送「知られざる"虐待入院"~全国調査・子どもたちがなぜ~」)