武田真一キャスターがアメリカを歩くシリーズの第3弾のテーマは社会の分断」だ。反トランプ・親トランプの対立は、日々のニュース報道からエンタメにまで及ぶ。「トランプ疲れ(Trump Fatigue)」と呼ばれる新たな現象も起きていた。
1日に1500万人が閲覧するオンライン・ニュース会社「SALON」が先月(2017年7月)から、週に1日の「トランプ・フリー・デー(トランプなしの日)」を設けた。トランプ大統領の写真はなし、必要な時もただ「大統領」「ホワイトハウス」と書く。「トランプのニュースは面白いが、非生産的なものも多い」と同社はいう。ニュージャージーのラジオ局WFMUは朝の時間、トランプを一切伝えない。当たり障りのないさわやかニュースだけを流す。車での通勤者に好評だ。「過剰報道にうんざりしている人たちに、居場所を与えたのだ」という。
ジョン・ボン・ジョヴィは食料無料提供で社会福祉削減政策に対抗
しかし、いかに「トランプ疲れ」とはいえ、問題がなくなったわけではない。トランプ氏の思う壺ではないのか。ニューヨークのラジオ局WNYCの「Indivisible(分断されない)」というコーナーでホストを務めるブライアン・レーラーさんは、「分断に人が慣れてしまうのが最も危険だ。そもそも分断されないのがアメリカの信条のはず」と話している。
アメリカの小学校には「忠誠の誓い」がある。そこには「(アメリカは)分断すべからざるひとつの国」となっている。レーラーさんは、互いの意見に耳を傾け、深刻な問題を考える試みをしている。「norm(標準)とnumb(無感覚)がいま重なり合っている。トランプのひどいツイートに無感覚になって、メディアが報じなければ、それが社会の標準になってしまう。それが怖い。いま大切なのは個人レベルの相互理解だ」
分断克服の試みは、思わぬところにも広がっていた。食べ物を通して社会をつなげよう(ユナイト)というのだ。著名なミュージシャン、ジョン・ボン・ジョヴィが2011年、慈善活動で始めたレストラン「Soul Kitchen」は、人種も所得も関係なく、手伝えば誰でも無料で食事ができる。参加者は「食事は平等。分断はなくなる」。ジョヴィも「社会を変えることができる」と語る。分断のひとつの要因が貧富の格差だが、トランプ就任後、無料の食料提供活動が全米に広がっている。
背景にトランプ政権が5月に出した予算案がある。インフラや国防費を増額する一方で、10年で400兆円の社会福祉予算を削る。低所得者向けの食料引換券(フード・スタンプ)の受給者絞り込みも対象だ。フード・スタンプは月平均1万円、4000万人以上の命を支えてきた制度で、依存層の危機感は強い。
ニューヨークの超一流レストランのオーナーシェフ、エリック・リペールさんは、NPOと協力して食料支援の輪を広げている。廃棄食材を活用して低所得者に届けるのだ。リペールさんの呼びかけで、市内だけで60店が協力、調達食材は1年で3万トンに達する見込みだという。
トンデモ大統領を当選させてしまった罪滅ぼし?
動きはイスラム系からもある。ニューヨークのイスラム系慈善団体は、毎週金曜日にモスク周辺のホームレスに食糧を配っている。モスクに招待したり、朝食を一緒に食べたりもする。代表のモハメド・バヒさんは「われわれがいいことをしているとみんな驚きます。トランプ大統領が言ってることと違うってね」と笑ってこう話す。
「トランプ就任は第2の9・11だった。風当たりは1000倍にもなった。しかし、フードプロジェクトから人々の意識は変わった。食事をして、名前を知り、挨拶するようになった。これこそコミュニティです。一体感があり、強い絆が生まれています。分断の力は強いが、もう一つ、多様性を重んじユナイトする力がある。希望を持つことが大事。それに尽きる」
まるでトランプの不始末をみんなで穴埋めしているようだ。あるいは、彼を選んでしまった罪滅ぼしか。アメリカ人には自戒の力がある。間違いをやらかしても、必ず自力で立ち直ってきた。なんだかんだいっても、揺るぎない民主主義の国。これを信ずるしかあるまい。